人間ドラマ

日本映画の感想 『ハッシュ!』

まだ付き合い始めてまもないゲイ・カップルの間に、強引に割り込んできた一人の女。彼女は「結婚しなくてもいいから子供が欲しい」と懇願。かつての荒淫が祟って子宮に筋腫が出来た朝子(片岡礼子)。もう男関係はうんざりだけど、30代にさしかかって子供だけは欲しいという女性の本能が働いたのか、人生の起死回生に向かって驚異的パワーで、ゲイ・カップル(田辺誠一・高橋和也)を引き込んでゆく。二人のゲイは戸惑いつつも、事態を受け入れて行くのだった・・・

当初は、突拍子もない話だなと思って見ていましたが、段々「こういうのもありかな?」と思えてくるから不思議なものです。多分こう思わせる要因は、作品全体に余計な説教臭さがないから。ゲイを都合の良い存在として捉えているわけでもないし、子育てを巡る理想論的な内容でもない。そこにあるのは、これからの人生への希望と新しい形の家族の予感。

一般的家族の形とはかけ離れすぎている3人ではありますが、ゲイの人たちは田辺誠一のセリフを借りれば今まで出来るだけ「注意深く生きてきた」人たち。つまり、ゲイであることは一般的に見れば異常であり、常にそんな周囲の目を気にしながら遠慮がちに生きてきた人たちなのです。そんなゲイ・カップルにとって、同性愛というものにヘンな嫌悪感を抱かず土足で踏み込んできた(いい意味で)朝子という存在は、初めてにして最高の理解者に成り得たのだし、逆にゲイだからこそ、朝子の一見突拍子の無い提案も受け入れるに至ったのでしょう。
子供は欲しいけど、そこに正常な性交はない。そんな3人だからこそ、心と心で分かり合おうと必死です。「何も血の繋がりだけが家族ではない」とでも言いたげに。その証明として、田辺の家族などは兄の死をきっかけに一気に破滅するのだし、絶倫ドッグフードを作って犬の種付けに奔走する斉藤洋介の姿は、ひたすら滑稽。

社会的に疎外されかねない人たちが、未来に繋がる何かをひたすらに
求める姿がコミカルにほのぼのと描かれています。


 『ハッシュ!』                                 Hush
  監督:橋口亮輔
  脚本:橋口亮輔
  撮影:上野彰吾
  音楽:斉藤禎一
  出演:田辺誠一、高橋和也、片岡礼子、
      秋野暢子、冨士真奈美、斉藤洋介、
      光石研、つぐみ、寺田農、岩松了
  (2001、シグロ)

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日本映画の感想 『鬼畜大宴会』

昭和47年に起こった赤軍派による浅間山荘事件とその後発覚したリンチ殺人事件などをモデルに、左翼過激派の小グループが内部分裂と粛正で自滅して行く様子を描いた問題作です。97年のぴあフィルムフェスティバル準グランプリの16ミリ作品だそうですが、そのまま劇場で一般公開されるという、快挙を成し遂げています。

カリスマ的リーダーの獄中死に揺らぎ、崩壊していく集団の末路。
しかしそこに政治的な思惑などは微塵も感じられず、その視点は一貫してクールです。人間の中にあるどす黒い感情の塊が、ふとしたきっかけで陰惨な殺人に結びつくプロセスのみを切り取っているように思えます。赤軍派の事件をリアルタイムに知っている人たちから観れば、この映画に描かれているエピソードは一面的だと思うのでしょう。「あの時代、若者たちはもっと高まいな理想のために戦っていたのではないのか?」という苦情も出そうでありますが、歴史や史実といったものの裏側には、この映画で描かれているような生臭い一面も確かに存在するのだと思います。

この映画は大阪芸術大学の学生たちの卒業制作で作られたらしいですが、セックスと暴力のみを切り取っているということは、現代の若者たちが「革命思想」などになんの共感も抱いていないという、冷たい事実のみがそこに浮かび上がります。強いては、そこにある狂気のみが学生紛争当時の若者と現代の若者を結びつける唯一のポイントとも言えるのではないでしょうか。

演者たちは全員アマチュアらしく、確かに稚拙な演技ですが、それがかえって生々しさを増幅しており、映画にリアリティと緊張感を与えています。とくに女性のリーダー代行役の人は、まさに永田洋子を彷彿とさせる狂気ぶりと、不細工さが圧巻であります。そして、自主映画とは思えない確かな構成力、露出光を有効に活用した撮影、芸術的かつ前衛的なショットなど、目を見張る点も数多い秀作です。


 『鬼畜大宴会』                                Kichiku
  監督:熊切和嘉
  脚本:熊切和嘉
  撮影:橋本清明
  音楽:赤犬
  出演:三上純未子、澤田俊輔、木田茂
      杉原敏行、小木曽健太郎、財前智宏
  (1997、鬼プロ)

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日本映画の感想 『中国の鳥人』

商社マンとヤクザのふたりが、中国・雲南省の奥地、鳥人伝説の残る少数民族の村で自分を見つめ直していく姿をとらえたヒューマン・ドラマ。椎名誠による同名小説をもとに、中国・雲南電視台の全面協力を得て中国南西部(石林・昆明・大理・麗江)での大規模なロケを敢行し製作された。

中国・雲南奥地の創造を遥かに超越した雄大な自然は、とにかく見ているだけで圧倒されるし、なんだか癒される。そんな厳しい自然にひょんな事から挑むハメになった男が三人。都会育ちのデリケートな若手ビジネスマンに、本木雅弘。哀愁漂うヤクザ役がハマりにハマッた石橋蓮司。時折、大阪弁や「その方」などの侍口調になるおかしな日本語で、大いに楽しませてくれたマコ・イワマツ。
このトリオが繰り広げる抱腹絶倒の珍道中。

しかし、本作の根底にあるテーマは、雄大な自然と現代人が忘れかけていた郷愁とか優しさといったものをいっぱいに含んだ未開の地にとって、果たして文明は必要なのか?それとも、文明は招かれざる客なのか?といった、現代社会にとっては究極ともとれるもの。この辺りはやっぱり椎名誠原作だなぁ、と思ってしまうのだが、そこは三池流。ユーモアたっぷり、独自な捉え方が冴え渡る。

まず、素晴らしいのが原作にはない石橋蓮司の役どころ。その孤独感にさいなまれ続けるヤクザを時には迫力満点に、またある時は愛嬌たっぷりに演じている。この映画の支柱であるテーマにも重要なスパイスを与える役割を果たしている。郷愁たっぷりのスコットランド民謡「アニー・ローリー」、ラストのリアリティ超越のファンタジックシーン、そんなラストに被さる本木雅弘のナレーションが実は辞世の言葉だった・・・この締め括りもとにかく見事。


 『中国の鳥人』                               China_bird
  監督:三池崇史
  脚本:NAKA雅MURA
  撮影:山本英夫
  音楽:遠藤浩二
  出演:本木雅弘、石橋蓮司、マコ・イワマツ、
      王麗黎、徐光輝、港雄一、吉瀬美智子
  (1998、ホネ・フィルム=丸紅)

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日本映画の感想 『血と骨』

映画『月はどっちに出ている』『夜を賭けて』の原作者でもある梁石日が、自分自身の父親をモデルに書いた長編小説「血と骨」を、崔洋一監督が映画化。朝鮮から大阪に渡った男の暴力と金に彩られた約60年に渡る破天荒な生き様が描かれる。

とにかく主人公、ビートたけし演じる金俊平である。
気に入った女がいれば無理矢理犯し、結婚しても家族を放り出して行方をくらまし、戻ってくれば妻や子を殴り、会社を興せば従業員を殴りつけ、腹が立ったら手斧で家をメチャクチャに破壊し、妻子がいる目の前に妾を囲い、妾が病で倒れれば同じ屋根の下に別の女を住まわせ子どもを生ませる。勿論、この主人公に感情移入や同情をすることはない。結局、何が言いたいのかよくわからない映画(或いは小説)なのだが、多分、「この人はどうしてこういう人なんだろう?」という戸惑いや、彼に対する怒りといった、主人公を取り巻く人々が感じる思いと同じことを観客にも味わってもらう。これこそが狙いなのだろう。原作者にしても主人公の実子ではあるが、主人公の理解者では決して無く、あくまで被害者という立場でこの話を綴っていることは明白だ。

キャスト陣。
ビートたけしは、もう既に俳優としても抜群の存在感を持っていた人ではあるが、そこに一層の殺気めいた迫力と、時折みせる哀切めいた表情が確かな演技力を感じさせて、この人はもう俳優としてもかなりの高みにまで登りきったのだと感じさせる。
特筆は濱田マリ。飄々としていて乾いたタッチの独特の存在感に、今回はヌードまで披露して頑張っている。大阪弁はこの人の“地”だから文句なし。実は今回のキャストの中で一番目を引いた存在である。



 『血と骨』                                  Chitohone_2
  監督:崔洋一
  脚本:崔洋一、鄭義信
  撮影:浜田毅
  音楽:岩代太郎
  出演:ビートたけし、鈴木京香、オダギリジョー、
      北村一輝、新井浩文、田畑智子、
      濱田マリ、松重豊、國村隼、寺島進、
      中村優子、唯野未歩子、柏原収史
  (2004、『血と骨』製作委員会)

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日本映画の感想 『歩く、人』

ちょっとしたすれ違いやズレが生じて、なんとなく崩壊しそうな家族を、初老の頑固オヤジが再生させようとする物語。

2年前に女房が他界して以来、自分の身の回りの世話をしてくれている次男は近頃そんな毎日に憂鬱気味。30過ぎてもミュージシャンへの夢を捨てきれない長男。さらに妊娠してしまった長男の彼女・・・これが主な家族(彼女はまだ家族とは言えないが)構成。物語があまりにも淡々とし過ぎていて、渇いたタッチで(まぁそれがピンク時代からの小林政広の味と言えば味なのだが)、油断すると眠りかねない映画。一般的にどこにでもありそうな話だし、緒方拳がこの脚本に惚れこんだ理由がイマイチ理解できないが、まぁ自分も子供を持つようになったら、胸にジーンと来る話なのかな?なんて思ったりもする。

眠くなりそうで、眠れないこの映画を支えているのはやはり家族を構成する三人の卓越した俳優たち。父・緒方拳はもちろん、その親父似で頑固な長男・香川照之とこの二人とは似ても似つかないという次男・林泰文という絶妙なキャスティング。皆、雪国の人々らしく全体的にセリフは少ないのだけれど、その分様々なユーモアで表現がされていて結構楽しい。
そしてピンク女優の葉月螢。本作では一般映画だからか何なのかわからないが、石井佐代子という本名でクレジットされている。持ち前のほんわかムードで、ちょっとエッチに緒方拳を魅了する、鮭の稚魚育成センターの職員を魅力的に演じている。もちろん、葉月螢という役者の持つ魅力も大きいが、今回に関してはかなりの役得だと思う。例えば、こちらの役を大塚寧々が演じていても、やっぱり魅力的だったろうと思うからだ。おかげで、香川の彼女を演じた大塚寧々は、かなり影が薄い印象。


 『歩く、人』                                 Aruku
  監督:小林政広
  脚本:小林政広
  撮影:北信康
  音楽:
櫟原龍也
  出演:緒形拳、香川照之、林泰文、
      石井佐代子(葉月螢)、
      占部房子、大塚寧々

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日本映画の感想 『おくりびと』

主人公・本木雅弘は、オーケストラのチェロ奏者。
やっとの思いで好きな音楽で食い扶持を立てられるようになった矢先、所属先のオーケストラが経営難から解散する。チェロをこよなく愛してはいるが、何となく自らの限界にも気づいていた本木はチェロを辞めようと決意する。そんな本木に妻・広末涼子も理解を示し、二人は本木の故郷・山形へと帰郷する。
帰郷後、「旅のお手伝い」と銘打った求人広告を見た本木はさっそく連絡を取り面接に望むと、社長・山崎努から一発で採用を言い渡される。しかし、オフィスを見渡しても、社長・山崎や事務員・余貴美子を問い詰めても、何をしている会社なのかがわからない。翌日、さっそく山崎から呼び出された先は錆びれたピンク映画館。パンツ一丁にされる本木。そこは納棺のHOW TO DVDの撮影現場。山崎の正体は、遺体を棺に納める納棺師だった。それからというもの、独居老人の腐乱死体、人妻、不良女子高生、ニューハーフ・・・様々な亡骸を棺に納め続ける日々。冷ややかな視線を浴びせる旧友、愛想を尽かし出て行く妻。でも、そんな周囲とは裏腹に、戸惑いと苦悩を感じながらも納棺師という仕事に魅せられていく本木。彼は死を通して、生きることの本当の意味を知りはじめるのだった。

劇中、さかんに登場する銭湯の常連客、その実、火葬場の職員・笹野高史の言葉を借りれば、死とは終わりではなく、次の世界へ進むための「門」である。
いわば死人は旅人。旅立ちには身支度が必要である。だから、納棺師は亡骸をきれいに身支度してやる。身支度を施された亡骸は、まるで生き返ったかのような美しさ・・・

言うまでもなく死をテーマに扱った映画ですが、暗さや悲しみより、むしろ清々しさが全編を包みます。日本人の美意識って素晴らしい。
滝田監督の持ち味である笑いやユーモアといった要素も、随所に見られます。実際、納棺師の仕事に感銘を受けたという主演・本木自身が企画を発案し、「料理の鉄人」等の売れっ子放送作家・小山薫堂が手掛けたオリジナル脚本。マンガや小説の映画化、過去のリメイク作品ばかりが目立つ昨今、オリジナル脚本というのも珍しいですね。

しかし、一番触れておきたいのが、本木の父役を演じた峰岸徹。本木の父役といっても、本木と数十年ぶりの再会を果たす頃、峰岸氏演じる父親は既に亡骸であり、本木の手によって納棺されます。実際の峰岸氏も本年10月に逝去しており、このキャスティングにはどうしても因縁めいたものを感じずにはいられません。どうやらこれが峰岸氏の遺作ではないらしいのですが、この起用が映画に甚大な付加価値をもたらしていることは間違いないでしょう。

音楽は久石譲。モントリオール映画祭グランプリ。


 『おくりびと』                             Okuribito_2
  監督:滝田洋二郎
  脚本:小山薫堂
  撮影:浜田毅
  音楽:久石譲
  出演:本木雅弘、広末涼子、山崎努、
      余貴美子、山田辰夫、峰岸徹、
      杉本哲太、吉行和子、笹野高史、
      大谷亮介、橘ユキコ
  (2008、映画『おくりびと』製作委員会)

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日本映画の感想 『ヴィタール』

塚本監督が、8年の歳月をかけて膨大な量の医学書を読みあさり、そして医大の解剖実習等知られざる医療の現場の見学を経て作り上げた、渾身の作品。

主人公・高木博史(浅野)は、交通事故が原因で記憶喪失に。彼の父(串田)は、医師であり、なんとか博史に後を継がせようと医学書を買い与えていたが、どうやら記憶を喪失する以前、彼に医師になる気は無かったようだ。しかし、記憶を喪失したまま自分の家へと戻ってきた彼は、押入れにしまってあった大量の医学書を見つけてからというもの、医学の勉強に没頭する。そして何年かの時が経ち、医大へ入学。入学後も好成績を収め続ける博史。そんな折、柏淵教授(岸部)による、実際の人体を使用した解剖実習が始まった。初めて目の前にする実際の人体を前に、緊張する者、気持ち悪くて吐きそうになる者…しかし、博史だけは初めて人体を捌くとは思えないほどに、手際よく作業を進めていくのだった。そして、解剖実習が本格化するにつれ、博史の中で何かが動き始める。博史は最愛の人との記憶を思い出したのだ。最愛の彼女は博史が記憶を失った事故により、死亡。彼女との記憶が段々明らかにされてゆく中で、実は今解剖している人体がその彼女のものであることが判明。博史は、彼女の体を解剖することによって、記憶、肉体、時空をも超えた場所で、彼女とのコミュニケーションにのめり込んでゆく…。

人体解剖がテーマ、描写もリアル。でもホラー映画ではないし、医療の現場を問うような類でもない。これは一種のラブ・ファンタジーである。
彼女は死ぬ間際に自分自身で献体(自分の体を解剖用に差し出すこと)を希望し、博史はというと記憶喪失前は医師になる気など無かったのに、喪失後は人が変わったかのように(記憶は無いのだけれど)医学の勉強に打ち込み、医大へ入学。解剖実習の場で彼女との再会を果たす、という展開は決して偶然ではなく、彼女自身の意思により達成されたもの、いわゆる必然として描かれている点に、リアリティは皆無である。だから、ラブ・ファンタジーであると思う。

作品全体に漂う、生や死に対する人間の根幹の部分を揺さぶり続ける重厚感は塚本監督らしくさすがだと思うのだし、人体解剖という切り口からは到底想像がつかない、ラブ・ファンタジー次元にまで昇華させてしまうそのストーリー展開力。類まれなる創造性、常人では思いもよらない感性、この塚本晋也という人の“非凡”を十二分に感じとれる作品である。


 『ヴィタール』                                 Vital_3                                  
  
監督:塚本晋也
  脚本:塚本晋也
  撮影:塚本晋也、志田貴之
  音楽:石川忠
  出演:浅野忠信、柄本奈美、KIKI
      串田和美、りりィ、岸部一徳、
      木野花、綾田俊樹、國村隼
  (2004、海獣シアター)

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