ロマンポルノ

日本映画の感想 『天使のはらわた 赤い眩暈』

石井隆が原作・脚本を担当し、日活ロマンポルノの屋台骨を支えた看板シリーズ『天使のはらわた』のラスト作(1994年に『天使のはらわた 赤い閃光』が製作されているが、厳密に言うとロマンポルノとしてはこれがラストとなる)であり、石井隆の初監督作品です。

石井隆の描くドラマは、女性が奈落に落とされるシチュエーション(ほとんどレイプされる)が多いのですが、それに関して絶対に言える事は、彼は必ず、犯す側を動かし難い加害者として描き(面白おかしく描くことなく)、犯される女性の内面を常に描き続けたということ。かといって、ヒロインを見る側から同情されるような悲劇的なものにするわけでもなく、常に女性は再生し、自立し、立ち向かう姿勢で男達に復讐する、そんな女の存在から感動を引出します。その象徴が、石井隆の話にはかなりの率で登場する名美と村木の存在。しかし、この映画では名美はそんなに深い淵までは落されません。待ち合わせの場所にやって来れない竹中演じる村木(些細なことでヤクザ・柄本明に殺される)を待つ名美は、「来ませんネ」「まっ、いいか」などと、結構あっけらかんな感じ。

石井監督はもう名美と村木の物語に終止符を打ちたかったのでしょうか。現代の世の中では、女性が充分自立できる時代ですし、男にも勝るほどの能力を持つ女性も数多くいます。この時、石井監督は既に、女性が男という強権に支配されることのない時代の足音を感じ取っていたのかもしれません。そう考えれば、もう名美と村木の物語を綴る必要性も薄れますし、ロマンポルノそのものも終焉へと向かっていた時期です。この後の石井映画にも、名美と村木は絶えず登場しますが、そこで描かれている名美は「天使のはらわた」シリーズよりむしろ強い存在に見えるし、村木を大らかな母性で包んでいるようにも思えるのです。


 『天使のはらわた 赤い眩暈』                       Akai_memai
  監督:石井隆
  脚本:石井隆
  原作:石井隆
  撮影:佐々木原保志
  音楽:THE FLY
  出演:竹中直人、桂木麻也子、泉じゅん、
      柄本明、小林宏史、山中ゆうほ
  (1988、ニューセンチュリープロデューサーズ、にっかつ)

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日本映画の感想 『天使のはらわた 赤い教室』

ぴあシネマクラブ2005・日本映画編(古い文献で申し訳ありません)の本作の解説には、「にっかつロマンポルノの一つの頂点をなす、激しくも切ない傑作」との記述が為されていたが、率直な感想としては、なにか単なるメロドラマの域を出ないといった印象です。

これはたぶん、名美が自分をここまで貶めた男という生き物への復讐がまったく描かれていないから。多分、石井隆の作品だし、村木の純愛に身を委ねてハッピーエンド的な結末は絶対有り得ないのだが、それなら村木の純愛に気付かずに、村木を最終的には殺してしまうとか、そういう結末でもアリだったのではないかな?とも思います。とにかく、3年ぶりに村木との再会を果たした名美は、村木に「こんな所、居たら駄目だ!」って言われて、呆然と思いつめるだけで「さぁ~これから」って時に、唐突に「完」の文字。ロマンポルノ以降の名美は、堕ちるところまで堕ちても前向きに行動するのだし、女が受動的に男たちに抱かれるだけで終わっていくっていうのは、時代の表れということなのかもしれません。

水原ゆう紀はほんとうに綺麗です、怖いくらいに。村木の妻・水島美奈子があんまり映えない感じなのに対して、雨の中の絶望の表情とか、男に抱かれながらの諦めか、恨みか、いろんなものを物語っているかのような鋭い眼光などハッとさせられるショットが多数。蟹江敬三は、この作品ではいつもほどアクは強くないのですが、世間に対してどこか摺れているというか、冷めた感じが非常に良いです。終始そんな感じだから、名美に対しての純愛ぶりが余計に印象に残ります。作品そのものははっきりいって期待はずれで残念でしたが、曾根監督が高い評価を得ていることは、名美が行きずりの情事に耽ったり、村木が名美と奇跡的再会を果たしたりするシーンの不安定な構図や、今観ても新鮮さを感じる様々なアレンジを加えた効果的な音楽の使い方、しっとりとした情感溢れる映像の数々に伺い知ることができます。


 『天使のはらわた 赤い教室』                       Akai_kyoshitsu_2
  監督:曾根中生
  原作:石井隆
  脚本:石井隆、曾根中生
  撮影:水野尾信正
  音楽:泉つとむ
  出演:水原ゆう紀、蟹江敬三、水島美奈子、
      あきじゅん、草薙良一、河西健司、
      織田俊彦、堀礼文、佐藤恵子
  (1979、にっかつ)

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日本映画の感想 『女地獄 森は濡れた』

公開一週間で官憲の手によって上映中止に追い込まれた本作。
上映直後にパゾリーニが出演俳優から殺害された『ソドムの市』と同様、サドの映画化にはいつも“いわく”が付きまとう。それはやっぱり、性描写そのものの問題以上に、サド作品が道徳観や倫理観といったものをことごとく突き放すからだと思う。

豪華な山荘、高級料理に高級外車・・・贅の極みを尽くす資産家・山谷初男。
性への追求も底なし。山谷の異常性欲に妻・中川梨絵や女中・山科ゆりらも完全に洗脳されている。女を犯している最中の高橋明のカマを掘る山谷という情景は完全に常軌を逸しており、嬲る(なぶる)という表現がぴったりだ。さらに女中に命じて、そんな最中の自らの背に鞭を打たせ、恍惚に浸る様はまさに異常性欲。とにかくこの山荘には倫理やモラルや秩序といったものは存在しない。「そんなものは権力者達が都合の良いように作り上げたルールであり、堅苦しいことこの上ない」とのたまう山谷・・・

官憲の手が入るということは、権力者たちが万人に見せたくないからである。
要するに権力者たちにとってこれは見られると都合が悪い代物である。
上映中止というセンセーショナルが、奇しくも上記の山谷のセリフを立証してしまったことが、何とも皮肉めいていて面白い。神代監督の“どや顔”が目に浮かぶようである。

由緒ある(?)資産家でありながら、何故かべらんめえ調なセリフ回しが可笑しい異常世界のオーガナイザー・山谷初男。犯され、鞭打たれ、全身に返り血を浴びながらも「ウヒャヒャヒャ」と笑い転げるエキセントリック・中川梨絵。人殺しの冤罪をかぶり、やっとの思いで山荘に逃げ込んだつもりが、更なる無間地獄に突き落とされてしまっても、何故か一向に感情が昂ぶらないダウナー・伊佐山ひろ子。いつも通り精神薄弱そうな山科ゆり。中川に銃殺され、山谷に身包み剥がされ女体盛りならぬ死体盛り(局部にバナナの房があてがわれており笑える)にされるという、今回は情けない役どころの高橋明。
以上が主な出演陣。


 『女地獄 森は濡れた』                          Onnajigoku
  監督:神代辰巳
  脚本:神代辰巳
  原作:マルキ・ド・サド『新ジュスティーヌ』
  撮影:前田米造
  音楽:春野新一
  出演:山谷初男、中川梨絵、伊佐山ひろ子、
      山科ゆり、絵沢萌子、高橋明
  (1973、日活)

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日本映画の感想 『赫い髪の女』

もう若くもない男女の運命的出会いとそんな二人が織り成す悲しい行き場のないSEX。
宮下順子演じる女は「言葉や口約束なんかじゃ不安」とでも言いたげに、必要以上の言葉を発さず、交わることでしかコミュニケーションを取らない。ひたすら誰ともわからない(聞こうともしない)男とのSEXに耽る日々。何か拭い去りたい過去があることは汲み取れるけれども、結局それは最後まで明らかにされない。

そんな女の懇願にひたすら応えるのみの蓮司さん。最初は「犬になれ!」「やさしくして...かー!」などとそそるセリフ連発、ノリノリのサディストぶり。しかし、交われば交わるほど艶かしさを増す宮下とは対照的に蓮司さん演じる男はやつれてくる。でも、やっぱり男は女から離れられない。最初は拾ってきた子犬のように“飼い”始めた女だった。それが今では・・・逆に牝の蟷螂が雄を飲み込んでいくよう。

雨に濡れた窓ガラス越しにきらめくネオンの灯り。ジメジメ雨降りが続く。梅雨時期?かどうかはわからないが、とにかく雨の日、土方は仕事にならない。土方が仕事にならないとトラック運転手の蓮司さんも仕事にならない。錆びれた海沿いの田舎町。やることがない。だから女と今日も交わる。蓮司さんと阿藤海が白昼の廃ビルで女をレイプする。目映いばかりの日光で画面がもう白がかっている。ジメジメとした雨のシーンと目映く明るい白昼のシーン。対照的だが、どちらのシーンにも虚無感だけが漂うのは何故だろう?見終わった後、ひたすらに物悲しくてやるせない。

そんな思いは全編を包む憂歌団のブルースで助長される。冒頭、国道脇、どてらを纏って歩く宮下順子。奏でられる憂歌団「どてらい女」。決して“どてら”を掛けた洒落ではないのであしからず。トラックに髪を煽られシャンプーのCMよろしく振り向く赫い髪の宮下順子。タイトルバック。このオープニング、鬼の格好良さである。

『赫い髪の女』のタイトルバック


 『赫い髪の女』                               Red_hair                               
  監督:神代辰巳
  脚本:荒井晴彦
  原作:中上健次『赫髪』
  撮影:前田米造
  音楽:憂歌団
  出演:宮下順子、石橋蓮司、阿藤海、
      亜湖、高橋明、三谷昇、絵沢萌子
  (1979、日活)

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日本映画の感想 『真夜中の妖精』

場末の飲み屋街で売春婦をさせられている子連れの白痴女・カナリア(山科ゆり)と憤りの塊のような青年(風間杜夫)の青春ロマン編。山科ゆりと風間杜夫、個人的に『古都曼陀羅』が鮮烈でしたので、この作品も興味深く観させてもらいました。

ブルジョワ家庭にやるせない怒りをぶつけまくる青年、薄幸で白痴のヒロイン、青春の逃避行・・・ベタに展開されるドロドロ物語は、何だか東海テレビの昼ドラでも見ているような錯覚に陥ります。中島丈博脚本ではないですけど。ただし、東海テレビの昼ドラと異なるのは、これが田中登監督作品だということです。ベタはベタですが、田中登監督の辞書にやっぱりハッピーエンドという文字は存在しません。この映画でも社会的弱者にスポットをあて、救いようのない結末が用意されています。

『暴行切り裂きジャック』でのメンヘラ女が印象的だった山科ゆりですが、この映画においても要措置入院レベルの白痴女という役どころです。本当にこの人はこういう役柄はまりますね。
冒頭からバリバリに苛立つ風間杜夫。押込み強盗をしても、結婚前のお嬢様を凌辱しても、何事もなかったかのように粛々と結婚式の準備を進めていくブルジョワ家庭に、「侮辱された」と何度も嫌がらせを仕掛けるロン毛・風間杜夫の暴発ぶりは、ある意味、異常者です。
こんな迷惑な人たちにさんざ付きまとわれ、凌辱を受けても、余裕ブッこいてたブルジョワ家庭のお嬢様・潤ますみでしたが、結婚式当日、山科ゆりに乱入され、全てを暴露され、幻覚に捕われたあげく、ウエディングドレス姿で自殺します。
主要な登場人物のほとんどが精神に異常をきたしたあげく、悲惨な結末を迎えてしまうという、田中登テイスト全開の救いようの無い物語でした。

ガラクタが無造作に置かれた、スナック裏のもう使われなくなった線路。結婚式場となる雨の洋館、いつもいつも田中登作品に感嘆させられる要素の一つがロケーションです。この映画でも「いったい何処で見つけてきたの?」っていうくらい完璧な構図に目を惹かれます。ロケハンに時間かけてたんだろうなぁ。


 『真夜中の妖精』                               Mayonaka_2
  監督:田中登
  脚本:桃井章
  撮影:畠中照夫
  出演:山科ゆり、風間杜夫、潤ますみ、
      大山節子、益富信孝、織田俊彦
  (1973、日活)

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日本映画の感想 『濡れた荒野を走れ』

とにかく異常なパワーに満ちた映画であります。
ロマンポルノですが、日活ニューアクションの雄・澤田監督と長谷川和彦脚本ですから、必然と反権力性とアクション性の強い内容です。

悪徳刑事・地井武男&高橋明による精神病院から脱走した元同僚・井上博一の追走劇。警察の腐敗の描き方もスゴいですが、主人公達がそこにジレンマや自戒の念を抱くわけでもなく、ひたすらに「井上をどのように始末していくのか」という地井&高橋目線で物語が進んでいくところも非常にパンキッシュであります。

井上は偶然列車に乗り合わせた女子高生・山科ゆりを人質に逃亡を続けます。地井始めとする警察内部では、井上が本当のキチガイなのか、演じているのかで議論が分かれている様ですが、井上は本当に記憶喪失みたいで常に何かにうなされている模様。でも、人質といえども山科に対して悪意はなく、山科もそんな井上に対して、好意を抱きます。そこはポルノ映画ですから、自然の流れで二人は河原でセックスします。どうでもいいことですが、身体が石ころで痛くないんでしょうか?
ラジオ番組のリスナーのやり取りから、地井は井上と山科がアングラ劇団の野外合宿に参加することを知り、現場に井上の妻・川村真樹と向かいます。何だかゆるいアングラ演劇を冷めた目で見つめる地井、高橋が笑えますが、何故かここに暴走族が乱入して火を放ちます。この突発的なトラブルにやけっぱちになった地井は高橋に川村真樹をレイプさせ、いい加減井上の目を覚まそうとします。記憶を取り戻した井上は高橋に銃を乱射、流れ弾が川村の左乳を貫通し、川村絶命。弾が無くなった井上の額に向けて非情に引き金を引く地井。涙にくれる山科は地井に「あなたは可哀相な人」と言ってやります。図星を付かれたような気がしたのか、地井は一瞬狼狽こそしますが、最後には不気味な笑みを浮かべて去っていくのでした・・・。

敬虔な牧師が必死になってかき集めたベトナム復興募金を計画的に強盗する地井武男のワルさ加減がスゴいです。本当に70年代の地井武男の憎々しさは最高ですね。この憎々しさといったら、東映映画でも際立つほどのコクがありましたから、相当なもんです。こんな人が現代では、生命保険のCMで備えの大切さを訴えたり、散歩したりしているわけですから、人間わからないもんです。そんな極悪・地井武男の連れが高橋明。わかります。この人に関しては適役です。何かとズボンを下ろしたがるような役をさせたら、この人の右に出る者はいないでしょう。一見、真面目な顔をした異常者を演じる井上博一。良いですね、この人も。『色情旅行 香港慕情』に続き、ポイント高し。女子高生役の山科ゆり、これもポイント高し。山科ゆりフリーク(現代にいるかどうかわからないが)には辛抱たまらんのではないでしょうか。一方で、乳房から血が大量噴出という悲惨な死に方をする、川村真樹のエロケバい感じが好みな人もいるでしょう。
以上、主な出演陣でした。


 『濡れた荒野を走れ』                            Nureta_2
  監督:澤田幸弘
  脚本:長谷川和彦
  撮影:山崎善弘
  音楽:多摩零
  出演:地井武男、高橋明、井上博一、
      山科ゆり、川村真樹、大山節子
  (1973、日活)

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日本映画の感想 『色情旅行 香港慕情』

貿易会社のサラリーマン・住夫(井上博一)の妻・章子(宮下順子)は不倫関係にあった住夫の同僚・諸橋(清水国雄)と香港へ駆け落ちする。唐突な出来事でわけのわからない住夫。住夫に密かに恋心を抱く章子の妹・匠子(小川節子)が止めるのも聞かず、住夫も香港へと飛ぶ。住夫の妻探しは難航を極めるが、謎の男・矢吹(やかた和彦)の協力もあり、住夫は妻を探し出すまで香港に滞在することにした。矢吹は妻・章子にそっくりの売春婦を住夫にあてがうが、売春婦は麻薬中毒だった。ためらう住夫。しかし、矢吹に羽交い絞めにされ、住夫は無理矢理麻薬を打たれてしまう。その頃、住夫を心配して匠子も香港へとやって来るが、匠子は言葉巧みに近づいてきた矢吹にまんまと騙され、犯されてしまう。ヤク中街道まっしぐらだった住夫であったが、匠子から妻の死を知らされ、我に帰る。遺書によると妻は諸橋と心中したはずであったが、霊安室に諸橋の死体は無かった。翌日、諸橋探しに奔走する住夫であったが、矢吹があっさり諸橋を見つけ、アジトへ連れてくる。「妻の求愛が重すぎて一緒に死ねなかった」と諸橋。さらに「元はといえば、いろんなセックスを仕込んだアンタが悪いんだ」と無茶ブリの逆ギレをかます諸橋。怒りにふるえる住夫は諸橋に銃口を向けるが、銃弾は矢吹を打ち抜いた。殺人者となった住夫は「とことんまで逃げてやる」と決意するのだった。

ロマンポルノ作品初(たぶん)の海外ロケ敢行!オール香港ロケで送る無国籍サスペンスアクションポルノという一編であります。女優陣も宮下順子はじめ、片桐夕子、小川節子と主役級を軒並みならべて、ちょうどロマンポルノが軌道に乗り始めて、勢いで作っちゃった大作って感じだったんでしょうか。

作風は思いっきりシリアスなのですが、何処か間の抜けている感じもして笑えます。一介のサラリーマンから買春、レイプ、麻薬、殺人、逃亡と短期間の内に鬼畜ミラクルな体験をしても、一向に悲愴感が漂わない本作における井上博一のバイタリティは何なんでしょう?香港の雑多な街並みを切り取った映像や倒錯的なイメージシーンなどは石井輝男監督の映画を彷彿とさせるのですが、「妻は私に満足していたはずだ。それなのにどうして妻は・・・」なんてモノローグを朴訥な感じで語られると、吉田輝雄と勘違いしてしまいそうです。そういえば、音楽も月見里太一(鏑木創)先生ですから。

あと、矢吹がどうしたいのか何者なのかイマイチよくわからないんですが、なんか「気の合う相棒が欲しかった」という理由のみで、井上博一に惜しみなく協力するのに、最後は井上に殺されてしまって・・・冴えるヤツなのか、間抜けなのか、良いヤツなのか、悪いヤツなのか、最後までよくわからないキャラですが、印象に残る伊達男ぶりではありました。
宮下順子は、妻役と微妙な中国語を操る売春婦の二役を熱演。
片桐夕子は話の大筋とは特に関係ない日本人観光客の役。この人も微妙な関西弁を操りますが、井上博一にレイプされ、矢吹に銃で撃たれて死にます。出演時間短い。
小川節子は初めて見たのですが、今まで見てきたロマンポルノの女優さんの中で一番キレイだと思います。ロマンポルノ第一号「色暦大奥秘話」をはじめ、主に時代劇ポルノに多く主演した女優さんですが、前年の72年には主演作が9本もあったらしいですから、当時の人気の程がわかります。非常に上品な顔立ち、出で立ちで、現代に佇んでいても全然違和感の無い美人だと思います。


 『色情旅行 香港慕情』                           Hongkong
  監督:小沼勝
  脚本:中島丈博
  撮影:山崎善弘
  音楽:月見里太一(=鏑木創)
  出演:井上博一、宮下順子、小川節子、
      片桐夕子、やかた和彦、清水国雄
  (1973、日活)

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日本映画の感想 『(秘)女郎責め地獄』

日活ロマンポルノは言うまでもなくセックスを売り物にした作品群ですが、2週間に2本の新作を封切らなければならなかったわけで、単純にセックスシーンを垂れ流しておけばそれでよかったわけではありません。一方向的な作品づくりではすぐにマンネリ化してしまいます。というわけで、本作のような時代劇、アクション、サスペンス、恋愛劇、コメディー・・・様々なアプローチが為されたわけですが、多種多様のドラマを作っていく中でもう一つ大事な要素は女性を尊重することだったと思います。男にとってのセックスはとどのつまり欲望のはけ口に終始します(ほんまかいな)。女性にとってのセックスは「身体は抱かれても心までは抱かれない」という言葉に代表されるように、精神面によるところも大きい(たぶん)。セックスの中にドラマツルギーを求めるのであれば、やはり女性の目線に立って女性を尊重した作品づくりに徹することが最重要だったのでしょう。

というわけで、女性の根源的な強さを全面に押し出した田中監督渾身の傑作であります。元は吉原の遊女でしたが、彼女を買った客はことごとく死んでしまうという不幸に見舞われ客が取れなくなり、今や最下層の女郎長屋に身を落としている“死神おせん”こと中川梨絵。ヒモ・高橋明の罠にかかって、乞食に凌辱されても、あくまで前向き。バイタリティの塊。己の境遇を悔いることなく(本当はイヤなんだろうけど)、気風の良い江戸っ子言葉で周囲をまくし立てるその姿は単純に格好良いと思う。

目暗の浄瑠璃師・山科ゆりも物凄い。目が見えないゆえ、見知らぬ男に犯されてしまいますが、山科は一生を添い遂げるつもりだった同じ浄瑠璃師の男への義理立てなのか、女としての意地なのか、見知らぬ男に犯されたことは御法度の心中であったと虚偽の申告をして、自ら晒し者へと身を落とします。この後、非人扱いを受けようがどうでもよい。私の人生は犯された時点で決まったと。犯した男を地獄へと突き落とすのみ。隣でイヤだイヤだと泣きじゃくる男を尻目に山科ゆりは何とも潔い。そんな山科を見て、中川梨絵は「キレイな目をしている」と聴衆の中、一人彼女を絶賛します。強い女同士のシンパシーでしょうか。

とにかくこの映画、この後も怒涛の展開が待ち受けていますが、結局、中川梨絵が男に媚びることは最後までありません。高橋明は死ぬ間際、中川を抱きながら「ざまあみやがれ、極楽往生だ」と言いますが、それは中川によって大らかな母性めいたもので包まれたからこそ口をついた言葉(だと思う)。
なんやかんや言いながら、中川も高橋のことを好きだったみたいですが、中川の方は切り替えが早いです。元は山科と夫婦の契りを交わしていた男からも誘いを受けますが、「うぶだねぇ、あんたとの縁はここまで」と、ここもあっさり受け流し。「男の方がよっぽど女々しい生き物でござんす」と言わんばかりに爽快な笑顔でジ・エンド。

日活ロマンポルノはだいたい、男が女に完敗し、最終的には女が尊重されます。だからこそ女がおそろしく魅力的で格好良い。そして面白い。本作はそんな典型例の映画です。
石畳に描かれたオープニングクレジット、全編を包む妖しい人形浄瑠璃、激しいカッティング奏法が冴え渡る三味線・・・田中監督の芸術性もいかんなく発揮されています(音楽はまたしても月見里太一=鏑木創先生)。


 『(秘)女郎責め地獄』                              Jorou
  監督:田中登
  脚本:田中陽造
  撮影:高村倉太郎
  音楽:月見里太一(=鏑木創)
  出演:中川梨絵、山科ゆり、高橋明、
      絵沢萌子、堂下繁、織田俊彦
  (1973、日活)

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日本映画の感想 『黒薔薇昇天』

ブルーフィルムに携わる人々の人間模様をユーモラスに描いた快作もしくは怪作です。

いにしえのエロコンテンツ・ブルーフィルムというところに時代を感じます。裏ビデオならぬ裏フィルムです。年代的に僕はまったく馴染みがありませんが。
この映画に登場するブルーフィルムの製作工程など見ていると、えらく地道な作業なんだなと妙に感心してしまいます。さらには、アシカの鳴き声や猫がミルクを舐める音、犬がハァハァしているとこなどせっせと録音しているのですが、これらの音の再生速度を変えて、それとなく人間の喘ぎ声に似せて、それをエロテープと称して一本数千円で売るんですよ!本当にこれが商売として成立していたのかどうかわかりませんが、アイデアとして突拍子なく出てきたものとも思えませんし(藤本義一の原作)、やっぱりある程度史実に基づくものなのでしょう。まさに「エロ事師」恐るべしであります。

岸田森にこんな役はどうなんでしょう?個人的には違和感ありまくりでした。
岸田森といえば、日本映画史に燦然と輝く性格俳優ですけど、僕の中には汚れ役のイメージって無いんですよね。変態は変態だけれども、表面上は知性派を装い紳士然としている・・・そんなイメージがあって、この映画の役のように、汚れた格好で何だかバタ臭くて、しかも「○○でおます」「○○でっしゃろ」とかベタベタの大阪弁でまくし立てる感じは、どうにも違和感があるんですよ。この役は逆にキャメラマン役の高橋明あたりがうってつけだと思います。
とはいえ、バックでハメながら、室内の廊下をローラスケートでスイスイ滑るという突如挿入される意味不明なシーンや、「わいはプロの芸術家や」と能書きたれておきながら、谷ナオミにマジ惚れしたあげく、嫉妬に負けて男優を蹴っ飛ばして「アカン、妬いてもうた」なんてラストシーンもバカバカしくて、それはそれで面白かったんですけど。
谷ナオミはもう言わずとしれたロマンポルノの名女優ですが、映画デビューが67年のピンク映画だそうですから、もう堂に入ってますね。貫禄です。淫蕩ながら、それなりに気品を漂わせているのも見事だと思います。

あと触れておかなければならないのは、やっぱりカメラワーク、映像の素晴らしさですね。今村映画などでお馴染み、姫田真佐久カメラマンによる仕事ですが、基本的にワンショットの長回しやロングショットが多いです。「車やバイクが激しく走り交う傍を日傘さして着物姿の谷ナオミが泣きじゃくりながら駆けていく後ろ姿」のシーンとか「動物園で幼稚園児が行き交う光景をバックに岸田森がじゃれ合いながらも芹明香にフィルムへの出演依頼をする」シーン、「裸で傘さしながら海に入っていく芹明香」、「川べりの高床式の貸船屋で岸田森が谷ナオミを口説こうとする」シーン。これらのシーンにおける、何気に丁寧に計算され尽くした構図の美しさには感嘆します。



 『黒薔薇昇天』                                Kurobara
  監督・脚本:神代辰巳
  撮影:姫田真佐久
  原作:藤本義一
  音楽:ダウンタウン・ブギウギ・バンド
  出演:岸田森、谷ナオミ、芹明香、
      谷本一、高橋明、庄司三郎
  (1975、日活)

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日本映画の感想 『透明人間 犯せ!』

東映の時代劇やヤクザ映画、東宝の社長シリーズや若大将シリーズ、日活アクションやロマンポルノ。所謂プログラムピクチャーの名の下に大量生産された映画の数々には傑作も多い一方で、往々としてこういうルーティンな駄作も生み出しました。この映画なんぞは、その代表例といっていいでしょう。

透明人間・・・助平な男たちのロマン、妄想の最たるもの。でも、実写化するには危険すぎます。そういう意味では、この映画はチャレンジャーです。バカバカしい内容を当たり前のようにバカバカしく、下らなく、何の捻りもなく描いています。

子供の頃、「お笑いマンガ道場」で見た富永一郎先生ばりのエロほんわかなイラストをバックに、お気楽なテーマ曲で彩られるオープニングクレジット・・・今思えば、これでこの映画の全てがわかったような気がします。
化学研究室の助手・一平(佐藤輝昭)という冴えない男が、教授の作った透明になる薬を飲んで、銭湯の女、アオカンやっている女、ムカつく女上司、ボインな義理の妹を犯しまくる・・・そんな、それだけの映画です。一平が透明人間になると、その行動を「ポイーン」「チンチロリーン」「プワーン」「スポンッ」って、脱力感満点の効果音でいちいちご丁寧に表現してくれます。ヤられる相手は透明人間という設定ですから、女優さんたちは当然、熱のこもった一人芝居で、そんなシーンを表現します。コンドームが宙を舞います。主人公の義理の妹を演じるマリア茉莉?の大根にも程がある演技はどうでしょう?どブスなピンクレディーもどきが登場したかと思えば、デビ夫人ならぬビデ夫人(爆)まで登場します。ざっと、そんな映画です。


 『透明人間 犯せ!』                            Toumei
  監督:林功
  脚本:桂千穂
  撮影:高村倉太郎
  音楽:高田信
  出演:佐藤輝昭、志麻いづみ、宮井えりな
      マリア茉莉、飛鳥裕子、あきじゅん
  (1978、日活)

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日本映画の感想 『昼下りの情事 古都曼陀羅』

「小沼監督は耽美派である」と『妻たちの性体験 夫の眼の前で、今・・・』の項で書きましたけど、この映画はもう突き抜けて耽美というか何というか・・・「耽美」って何やねん?と質問されてもうまく返答出来ませんが、とにかくイコールこの映画であると、これからは返答することにします。まぁそんな質問してくる人もいないでしょうけど。

タイトルも意味わからんながら、格好良いです。曼陀羅ってよく聞きますけど、何なんでしょうね?広辞苑引いてもイマイチ意味がわかりませんでした。辞書引いても意味のわからない言葉っていうのもある意味スゴいですけど。個人的には達観、極致、悟りの境地みたいなことと解釈しています。

もうDVDのパッケージでヤられてしまいますね。伏見稲荷の千本鳥居に絡みつく裸体・・・異常にスタイリッシュです。そういえば昔、伏見稲荷大社の境内にあるうどん屋(ちなみに俳優・西村和彦さんの実家が経営している)でアルバイトしたことがあります。全然関係ないですけど。本編でも主演の山科ゆりと風間杜夫が、それこそ千本鳥居や竹林や石仏や大仏や墓場やお寺の本堂やらで絡みまくりです。「由緒ある古都を汚しやがって」とオカンムリな人もいらっしゃるかもしれませんが、この映画の淫靡で耽美な感じは京都の風景と異常にマッチするんですわ、これが。めくるめく性愛の極致が古都・京都で展開されます。あと、昔の三条大橋や四条河原町が出てくるので、京都人としては何か得した気分になります。

情緒ある古都の美しい風景もさることながら、この映画には他にも見るべきところが多いです。随所に挿入されるイメージシーン。特に山科ゆりと養父・坂本長利の歪な関係の比喩表現となるピンポン玉のイメージが印象的です。このシーンはいろいろな解釈があるらしくて、実際、何の表現なのかははっきりしませんが、至極単純に解釈すれば、やっぱり男性自身なのかなとも思いますし、ひょっとするとそんな単純な解釈では無いのかもしれません。むしろそんなことに無理矢理答えを求めることが野暮であり、バカらしく思えるくらいに印象的で美しくてイヤらしい名シーンだと思います。

山科ゆりが最初の見合いの席で触っていた蜘蛛が、その後も歪な性愛関係のもつれ具合を表現するかのように、象徴としていろんな場面で登場するのもウマイなぁって感じがしますし、全編に奏でられるクラシックギターの味わい深い響きも映画に最高にマッチしています。そして、劇中多く登場する日本建築の美しさに目を奪われる一方で、風間杜夫の部屋に代表されるような、極力余計な装飾を省いてシンプルなデザインが為された、モダニズム建築っぽい感じも、あぁ70年代って感じがして良いです。

山科ゆりは個人的には好きなタイプの女性ですね。古風な顔立ちで、スレンダーで、アップで見るとニキビがポツポツあるという、不完全というか未完成な感じが。この映画そのものが、山科ゆりの為に作られたような、山科ゆり以外に主役は考えられないので、奇跡的な配役だと思います。真の意味での自立を思わせるラストの爽快な笑顔には胸を打たれる思いでした。
風間杜夫は東京からわざわざ京都の銀行に就職した若者という設定ですが、やっぱり就職先は「長~いお付き合い、京都銀行」でしょうか?劇中、杜夫自身はエロ~いお付き合いばっかしてますけど(これが言いたかっただけです)。 現在は、フジの上戸彩のドラマで執事の役をしてますね。まぁ、歳相応で当たり前といえば当たり前なのですが、最近は渋い役ばっかりなので、またこの映画或いは「スチュワーデス物語」の杜夫でも構わないので、とにかくそんな杜夫が見たいです(笑)
宮下順子は絡みは一回だけですが、ワキ毛がボーボーなところに時代を感じます(爆)この頃の女性はワキ毛ボーボーが常識だったんですかね?この時期が第一次ワキ毛ブームだとすれば、第二次が黒木香で、第三次はまだ訪れてませんね。どうでもいいですけど。
坂本長利さんは、『やくざ観音 情女仁義』にて棘で目をブチ抜かれるやくざの組長役が印象深かったですが、今回も大活躍。変態日本画家を大熱演してます。


 『昼下りの情事 古都曼陀羅』                         Koto
  監督:小沼勝
  脚本:中島丈博
  撮影:前田米造
  音楽:木村瑛二
  出演:風間杜夫、山科ゆり、宮下順子
      坂本長利、青山美代子、影山英俊
  (1973、日活)

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日本映画の感想 『妻たちの性体験 夫の眼の前で、今・・・』

コテージのある海辺の一軒家で暮らし、使用人を雇い、クルーザーで海に繰り出す、夜はブランデーで乾杯・・・そんなちょっとセレブな生活を送る夫婦が主人公。

夫(宇南山宏)にはヌードスタジオのモデル・リカ(高原リカ)という愛人がいましたが、ある日覆面の暴漢に踏み込まれ、リカは惨殺されます。夫が疑われるような状況を突きつけられ1000万を要求されますが、暴漢から「妻の身体と引き換えに1000万を半額に負けてやってもいい」と提案され、夫はあっさり承知します。ポルノ映画ですから(笑)、妻(風祭ゆき)はいとも簡単に覆面の男達にレイプされます。夫はこともなげに「ふしだらな女だ」と妻を非難します。だが、実は暴漢の雇い主は妻であり、夫と愛人を別れさせるために仕組んだ罠だったのです(リカも死んでいない)。でも、妻としても自分自身がレイプされるとはさすがに予想の範疇を超えていました。少々悪ノリが過ぎた暴漢に「訴えてやる!」と強がる妻でしたが、そこはポルノ映画ですから(しつこい)、逆にまた暴漢に抱かれてしまいます。この時点で、妻の中で何かがハジけました。やっぱりポルノ映画ですから(もう充分ですか?)、奔放な性に目覚めていきます。使用人の青年はそんな妻の姿をいつも憧憬込みながらイヤらしい目線で見つめていました・・・

ポルノグラフィーらしい典型的なポルノグラフィーです。今まで紹介してきた神代辰巳監督や田中登監督、長谷部安春監督らの異端とは違い、小沼勝監督は一貫して始まりから終わりまで堅実にポルノらしいポルノを撮り続けた正統派(または耽美派?)ですから。でも面白くないことないです、この映画も。前半のサスペンスタッチ、そして妻がレイプされたあたりから凄惨な物語が待ち受けているのかと思いきや変に性的に目覚めてしまって、後半はまるで艶笑コメディのようです。これだけ激しく物語のタッチを転化させておきながら、破綻していないところは見事と言う他ありません。

この映画を見た一番大きな理由は一枚のスチール写真です。
なんか素っ裸で日よけ傘している風祭さんが、これまた素っ裸の大勢の男達に白昼の路上でワッショイワッショイ胴上げされてるんですね・・・アハハ・・・衝撃または笑撃。結局、このシーンの正体はイメージシーンだったのですが、劇中、風祭さん演じる妻は、幾度となく路上でランニングしている大学生とすれ違います。最初のうち、大学生たちはすれ違い様にヒソヒソと「あの奥さん、イカしてるなぁ」とか「ヤりてーよ」とか呟きますが、風祭さんはどこ吹く風で無視してます。でも、性に目覚めてからはこのシーンに上記のワッショイワッショイが被さります。やっぱり風祭さん自身の妄想だったのでしょうか?後にこのイメージは現実のモノとなりますので、やっぱり風祭さん自身の妄想であって、妄想実現の為に大学生たちに誘いをかけたのでしょう。
とにかくラストの集団レイプシーンは笑えます。襲い掛かる大勢の大学生たちに対し相手をするのは風祭さん一人であって、そういう点から考えても、部屋のスペースから考えても、人口密度高すぎです(笑) しかも、襲い掛かる大学生たちがアエギ声というか何というか・・・みんな常に「オヘっ」とか「ホゲっ」とか言ってるもんですから、まるでゾンビに襲われる生身の人間を見ているようです。ちなみにこの最中、縛られているダンナは勃起してます(爆)
とにかくこの異常な痴態を見て、使用人のウブな青年は妻の元を去ります。夫婦は何故かより仲睦まじくなって、海岸で次の使用人を探しに若い男をスカウトしている所で映画は終わります。


 『妻たちの性体験 夫の眼の前で、今・・・』            Tsumatachi_2
  監督:小沼勝
  脚本:小水一男
  撮影:森勝
  音楽:甲斐八郎
  出演:風祭ゆき、宇南山宏、高原リカ
     草薙良一、錆堂連、佐々木美子
  (1980、にっかつ)

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日本映画の感想 『性的犯罪』

「性的犯罪」と銘打ってはいますが、別に痴漢とかワイセツ行為がどうだとか、そういう類の話ではありません。

自動車の解体業を営む藤森(河原さぶ)は、経営に行き詰まってどうにもならなくなったので、自分の妻(風祭ゆき)と資金援助を受けている愛人(三東ルシア)と共謀して、保険金殺人を企てます。で、誰を殺して保険金を得るのか?そこは誰でも良いみたいです。
誰かを殺して、死んだ者を藤森に見せ掛けて保険金を得るという何ともな荒業を企てているのです。保険金替え玉&偽装殺人・・・これで完全犯罪を成立させるのは至難の業だと思われますが、実際にあった事件をモデルにしているらしいですから、これまた驚きです。

藤森は酒に女にだらしなく、商売上手でもなく、どうしようもないダメ男です。妻も愛人も藤森の元を去ってしまえばそれで済む話だと思うのですが、二人ともとにかく藤森に尽くしまくり、「あなたは私だけのもの」とばかりに火花を散らすのです。
この男の何がそんなに良いのでしょう?やっぱり絶倫だからとかそういう事でしょうか(笑)
とにかく三人の間に渦巻く異常な愛憎が、この犯罪を生み出したとも言えるのでしょうし、また愛憎のもつれによって、あっさり計画が瓦解してしまうところも皮肉が効いています。全編に程よい緊張感が漂っており、ほとんど認知されていない作品ながら面白かったです。

『血と骨』、『クイール』等で、いまや日本映画界を代表する崔洋一監督ですが、ロマンポルノを撮っていたとは知りませんでした。この人の助監督経歴を見ると、映画会社の枠を超えていろんな作品に付いているみたいですので、当時はフリーな立場だったのでしょうか?その辺の詳細はわかりませんが、この映画はたぶん監督デビュー当時のものでしょう。当時から独特の骨太なタッチは既に発揮されていたんですね。ラストシーンで淡々と「藤森雪夫 自殺」ってテロップ出してしまうところなど、いかにも崔監督らしいなと思いました。

藤森の妻役は、“ロマンポルノの松坂慶子”こと風祭ゆきです。実際、顔立ちは似ていますが、松坂慶子ほどドタッとした印象がなく非常にシャープな美人さんです。演技も卓越したものがあり、しかもミス日本級の美人さんですから、当時こんな人がポルノをやっていたのかと驚かれる方も多いのはないでしょうか。最近は、犬のブリーダーとして活躍されているみたいですね。
愛人役の三東ルシアは、風祭さんと比べるとキュートな印象ですが、何というか爛れた感じを持っていて、いかにもな愛人らしい愛人役だったと思います。
今でもテレビや映画の名バイブレーヤーとして活躍する河原さぶですが、この頃は髪の毛がフサフサです。でも、胸毛や腕毛もボーボーですので、やっぱり男性ホルモンが強かったのでしょう。現在のハゲ頭にも納得します(笑)


 『性的犯罪』                                Seiteki
  監督:崔洋一
  脚本:三井優
  撮影:野田悌男
  音楽:小野寺修
  出演:風祭ゆき、三東ルシア、河原さぶ
      美野真琴、三谷昇、草薙幸二郎
  (1983、にっかつ)

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日本映画の感想 『暴行切り裂きジャック』

誰しも面白いと思う映画、感動する映画はあると思いますが、それは必ずしも「何度も見たくなる映画」とはイコールでは無いと思います。僕の場合はそうです。
勿論、面白くて、もしくは感動して何度も見たくなる映画であれば、それに越したことはないのでしょうけど、内容イマイチだとしても麻薬のように年に1回、あるいは数ヶ月に1回は見たくなる・・・そういうインパクトを持った映画が僕には数本ありまして、その中の1本がこの映画です。
「何度も見たくなる映画」に共通するのは、オープニングとかBGMとかある1シーンなど、部分的に強烈なインパクトを持つことです。この映画に限って言えば、凄惨な殺しのシーンに必ず流れる「ダバダッバー、ダーダーババ、ダバダッバー♪」っていう気の抜けるようなスキャットですね。とにかくメロディーが頭にこびり付いて離れませんので、インパクトというか、もはやトラウマなのかもしれません(笑)
それとこの映画、オープニングのクレジットからタイトルバックまでが鬼のようにスタイリッシュです。スタッフやキャストのクレジットは、映画のタイトルに沿うようにスパッと“切り裂かれて”いきます。ケーキ職人である主人公のケンはあくせくとウエディングケーキをデコレーションしていますが、同僚のユリに手を押さえつけられて、せっかく完成したケーキをナイフで真っ二つに“切り裂かれて”しまいます。その真っ二つに切り裂かれたケーキをバックに「暴行切り裂きジャック」とタイトル表示・・・格好良過ぎです。格好良いと思っているのは僕だけでは無いらしく、youtubeにもアップされていましたので、興味ある方は下のリンクをクリックしてみて下さい。例のスキャットも流れてます。

 映画『暴行切り裂きジャック』のタイトルバック

で、肝心の映画の内容ですが、前述のケーキ屋で働くケンとユリという二人の若い男女が若い女をケーキナイフで切り裂きまくります。ただ、それだけと言ってしまえば、それだけの映画です。
もっぱら殺しをするのはケンの方で、ユリは殺しの炊きつけ役です。
雨の夜、リストカット癖のありそうなメンヘラ女に絡まれたあげく、殺してしまったケンはそれ以降、殺しをしないとセックスに身が入らない体質になります。ユリとしても気持ち良くありたいので、「あの晩みたいに燃えたいよぅ」と幾度となくケンに殺しをねだります。所謂「快楽殺人」ってやつです。
殺しをした後は、性欲だけではなく、食の方も進むみたいです。ユリと二人でスパゲティをむさぼり食ってます。
例のスキャットは殺しのシーンから始まって、ファックシーン、食事のシーンをバックに優雅な奏で。石井輝男監督の映画なんかでもお馴染みの音楽担当、鏑木創先生(ロマンポルノでは何故か月見里太一という変名でクレジットされる)はやっぱり天才だと思います。

ケンの殺しは、始めの内は性的衝動や食を駆り立てるものでしかありませんでしたが、繰り返すうち、殺しそのものがケンにとっての快楽となり、もうケンの中では性欲や食欲はどうでも良くなります。ユリとの最後のセックスでは、ケンはマグロのまま、無気力そうにサンドイッチを食べてます。
その晩、またまた殺しの衝動に駆られたケンは看護婦寮に忍び込み大量殺人をします。後を追ってきたユリも殺します。ラスト、例のスキャットが流れる中、朝焼けの川べりをケンが気持ち良さそうに歩きながら唐突にエンドマークという訳のわからない終わり方をします。

全編に漂う、世の中を何処か諦観した感じとか、軽いノリで殺しをやっちゃう所だとか、まるでアメリカンニューシネマの体裁を見ているようです。でも主人公達は何かに虐げられるわけでもなければ、抗うわけでもありません。そこにアメリカンニューシネマのメインテーマである反体制はありません。ひたすらに欲望を追い求めるのみです。
ともあれ、他の70年代の多くの日本映画にも見られる、この下世話かつストレートな感じが僕は大好きなわけですが(笑)、こんな不道徳な映画でも、撮影とか編集とか音楽とか、映画としてのハイレベルが保持されているところがまた驚愕でもあります。それこそ、ザラついたイメージと強烈なメッセージ性のみが先行するアメリカンニューシネマと比較してみても、クオリティーの高さは歴然だと個人的には思いますが。
特にロマンポルノなど見ていると、やっぱり撮影所叩き上げの真の映画人たちの仕事、職人芸なのだなと改めて感嘆するしかないのです。


 『暴行切り裂きジャック』                        Jack_2
  監督:長谷部安春
  脚本:桂千穂
  撮影:森勝
  音楽:月見里太一(=鏑木創)
  出演:桂たまき、林ゆたか、山科ゆり
      八城夏子、岡本麗、潤まり
  (1976、日活) 

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日本映画の感想 『やくざ観音 情女仁義』

ロマンポルノ界のアンチ権力代表としては田中登監督と双璧の神代辰巳監督作品です。ただ、この映画は単純に何に対してのアンチだとか、批判とか、そういう次元で語れるレベルを超越しています。世の中の生けとし生けるもの全てを全否定しているかのような恐ろしくブッ飛んだ映画です。

清玄(岡崎二朗)は僧侶として、愛する仏に全てを捧げ生きてきた男。
ひょんなことからヤクザに追われの身であった美沙子(安田のぞみ)を助けるも、美沙子に誘惑され、そのまま交わります。仏門に身を捧げながらも女犯に及んでしまった清弦は苦悶しますが、更にその美沙子が異母妹であることが判明、ここから清弦は壊れます。この世の全てがどうでもよくなった清弦、菩薩の刺青を彫り込んだ後はヤクザの実父を殺害です。その後、ヤクザの殺し屋として雇われた清弦は殺しと暴行を繰り返します。もちろん、実妹の美沙子だって関係無しに犯します。

これ以上ない敬虔な僧侶が180度真逆の畜生道に身を堕とすという基本構成からしてスゴすぎます。僧侶である清弦と堕落した清弦、表情が全く変わらないところも非常に面白いです。

下流の川に流れついた女の死体から赤子を取り出したり、長い棘のようなものがいきなり目に刺さったり、背後の人間をシャベルでブッ刺したり・・・といった唐突かつグロ&スプラッタなシーン満載の一方で、岩場での情交シーンに代表される美しい高速度撮影、映画の端々に挿入されている無音のイメージショット、フォークソング・フリージャズ・読経・民謡をミクスチャーしたBGMなど前衛的で鮮烈なシーンも印象深いです。見終わった後、「いったい何?この映画・・・」と呆気に取られる一方で、強烈なインパクトだけが脳裏に焼き付いて離れません。

この世には説明不可能な事象が数多くあります。不条理に満ちています。
だからこのような有無をも言わさず観る者を突き放しまくりの映画の存在も、それはそれでアリだと思います(笑)
ちょっと他には類を見ない、ある意味、貴重な映画だと思います。


 『やくざ観音 情女仁義』                   Irojingi
  監督:神代辰巳
  脚本:田中陽造
  撮影:安藤庄平
  音楽:あがた森魚
  出演:岡崎二朗、安田のぞみ、松山照夫、
      高橋明、坂本長利、絵沢萌子
  (1973、日活)

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日本映画の感想 『(秘)色情めす市場』

ロマンポルノ作品の中でも傑作中の傑作とされています。
あらゆる方面での評価も非常に高いようです。

僕なりの解釈では、この映画は観る者が面白い、悲しい、嬉しいと感じる部分を意図的に一切排除しているような気がします。つまり、情感へ訴えかけるような描写を一切排除しているということです。強いてはポルノ映画にも関わらず、叙情的なロマンチシズムも、発情を促すポルノグラフィーも皆無です。この映画が完成した時、田中監督は会社から「干すぞ!」と叱責されたそうですが、それもわかるような気がします。

この映画にあるのは、ズバリ徹底したリアリズムだけです。芹明香は自分のアソコを“穴ぼこ”と表現し、セックスを単なる生きる術としか捉えていませんし、喜怒哀楽もほとんど見せません。だからといって、観る者は・・・少なくとも僕は彼女のことを可哀相だとは思いませんでした。それはカメラが、演出者が、ことごとく彼女を突き放しているからです。この世界では彼女こそが普通だと定義します。だから彼女は、初めて芽生えた恋の予感にも靡くことなく、「この土地でしか生きられない」と男の誘いには応じないのです。同じく娼婦の彼女の母親だって、自殺する痴呆症の弟だって同様です。

これはありそうもない世界の話ではなく、実在する世界ですが決して足は踏み入れたくない、出来れば目を背けたい世界の話です。そんな世界が恐ろしく冷徹な視点で描かれています。

釜ヶ崎での決死のゲリラ撮影、ざらついたモノクロームと目映いばかりのカラーの対比、不気味な鐘の音、唐突かつ無意味な爆死、ひたすらにローな芹明香・・・話そのものは難解な印象ですが、この映画の持つ視聴覚的効果は圧倒的で、これだけでも必見の価値有りだと豪語出来ます。惜しむらくは私、ビデオ鑑賞しか経験がありませんので、出来ればリバイバル上映かなんかで映画館のスクリーンで見てみたい映画です。


 『(秘)色情めす市場』                            Mesuichiba
  監督:田中登
  脚本:いどあきお
  撮影:安藤庄平
  音楽:樋口康雄
  出演:芹明香、花柳幻舟、夢村四郎、
      宮下順子、高橋明、萩原朔美
  (1974、日活)

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日本映画の感想 『ピンクサロン 好色五人女』

警察の摘発のおかげで、潰れても潰れても新アイディアを駆使して営業を続けるピンクサロンを舞台に、元・ストリッパー、サラ金に苦しむ人妻、みなし子ら五人の追い詰められた女たちの狂騒と転落を描いたロマンポルノ作品です。

暗い話を想像される方もいるでしょうが、明るい陽射しの中、五人女たちが横一列に並んで一斉にオシッコしてみたり、ストリッパー山口美也子が周囲を元気付ける為に節目節目で楽しく踊り狂ってみたり、陰部に軟膏を塗っている内に感じてしまってみんなでワイワイキャーキャー騒いでみたりと、出てくる女性たちは皆底抜けに明るく力強く描写されています。恵まれない者たちに対する演出者の温かい眼差しを感じます。

しかし、終盤にかけてそんなムードは一変します。夫の浮気にショックを受け自殺する女が居れば、偶然出会った老人と心中する女も居ます。そして残された女たちは、移動ピンサロと化していたマイクロバスの大爆発で一気に処分されます。こんな畳み掛けるような展開が突如、嵐のように訪れるので、見ている側としては呆気に取られる以外ありません…

やっぱり田中登監督はリアリストです。決してファンタジーなままでは終わらせません。この映画のようにいきなり悲惨な現実を突きつけてきます。社会的弱者を主人公にアンチ権力な姿勢はしっかり貫きます。最近の映画はこういうパンキッシュな感じがすっかり無くなったように感じるのは私だけでしょうか。

本作もロマンポルノですが、田中監督はこの年、これと『人妻集団暴行致死事件』が評価され日本アカデミー賞優秀監督賞を受賞しています。単なるポルノグラフィーでは終わらせない、にっかつロマンポルノのクオリティーの高さの証明だと思います。


 『ピンクサロン 好色五人女』                 Pinksaron
  監督:田中登
  脚本:いどあきお
  原作:井原西鶴
  撮影:森勝
  音楽:アビリス
  出演:宮井えりな、山口美也子、青山恭子、
      松田暎子、山口洵一郎、砂塚秀夫
  (1978、日活)

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日本映画の感想 『人妻集団暴行致死事件』

「若者を馬鹿にしてはいけない、自分の辿ってきた道だから。年寄りを馬鹿にしてはいけない、これから自分の辿る道だから。」

先日、車中のラジオで誰が言ったかはわかりませんが、こんな素晴らしい言葉を聴き、ふとこの映画のことを思い出してしまいました。

憎めない悪ガキ3人組と憎めない不器用なオッサンの映画です。
最初はこの3人組とオッサンの交流が淡々と描かれます。でも3人組は悪ガキですから若さゆえに暴走します。悪気は無かったのですが、欲望を抑えきれずオッサンの嫁を犯してしまい、嫁はショック死してしまいます。不器用なオッサンはお人良しでだらしないが為に、我が妻を死に至らしめてしまった・・・と思い込み、自分を責めるのです。

わかったようで実は何もわかっていなかったとか、やってはいけないことだとわかっていながら欲望を制止出来なかったとか、人間ゆえの虚しさばかりが際立つ内容です。

やって良いことと悪いことの分別すらつかない、無頓着で無差別な犯罪が横行する昨今の世の中です。本作でも異常性の高い犯罪が描かれているわけですが、登場人物たちは何故か皆純粋かつ優しい目線で描かれており、身もフタもないタイトルとは裏腹に叙情漂う不思議なムードに包まれた映画です。あくまでポルノという括りの中の映画ですが、人間ドラマの秀作だと思います。「都市部から少し離れた田舎」という舞台設定も良いです。都市文化に感化されやすい若者たちのジレンマ増幅に一役も二役も買っている感じがします。

室田さんにとっては、覚せい剤不法所持での謹慎から復帰第一作となりました。当時、期する思いも大きかったのでしょう。熱のこもった名演を見せてくれています。田中登作品での若き古尾谷康雅(雅人)は、ギラギラして危うい雰囲気をいつも漂わせています。本作でもそうです。屈折した若者像を見事に体現しています。


 『人妻集団暴行致死事件』                  Hitoduma
  監督:田中登
  脚本:佐治乾
  原作:長部日出雄
  撮影:森勝
  音楽:石間秀樹、篠原信彦
  出演:室田日出男、黒沢のり子、深見博、
      酒井昭、古尾谷康雅(雅人)、絵沢萌子
  (1978、日活)  

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