ロマンポルノ

日本映画の感想 『濡れた欲情 特出し21人』

たまたま拾った6万円で釜ヶ崎の路上生活からスケコマシへと再起を遂げた男(古川)、そんな男にスケコマされいったんは捨てられた女(片桐)、現在進行形でスケコマされてる女(芹)。この3人を軸に、外波山文明のはみだし劇場によるドサ回り、ストリッパー本職の皆様方の旅道中がたびたび挿入されつつそのまま揺ら揺らラストまで、という映画。

民謡や猥歌、流行歌が全編を彩り、時間軸や空間軸が無視されたドラマ。
神代監督が生(または性)の持つ力を編集なしでフィルムにそのままぶち捲けたかのようでもある。

片桐は場末のストリッパー。とにかくオシッコが近い女である。浮気の疑いをかけられ、絵沢萌子から引っぱたかれたり、スケコマシの子を宿したりと散々な目に合うが、基本的には前向き。サービスタイムでアソコを披露する際の「ハイッ、どうぞゥ」という掛け声がやっつけな感じで笑えます。芹明香は片桐とのレズビアンショーでも本気でイってしまう感度抜群の女。冒頭で歌う「怨み節」が少し音痴な感じです。スケコマシ男は古川義範。セックスの際はとにかく「えぇやろ?えぇやろ?」と女に呟きまくる加藤鷹みたいな男です。


 『濡れた欲情 特出し21人』                      Tokudashi21
  監督:神代辰巳
  脚本:神代辰巳、鴨田好史
  撮影:姫田真佐久
  音楽:世田のぼる
  出演:片桐夕子、芹明香、古川義範、
      絵沢萌子、庄司三郎、高橋明、
      外波山文明、内田栄一
  (1974、日活)

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日本映画の感想 『天使のはらわた 赤い眩暈』

石井隆が原作・脚本を担当し、日活ロマンポルノの屋台骨を支えた看板シリーズ『天使のはらわた』のラスト作(1994年に『天使のはらわた 赤い閃光』が製作されているが、厳密に言うとロマンポルノとしてはこれがラストとなる)であり、石井隆の初監督作品です。

石井隆の描くドラマは、女性が奈落に落とされるシチュエーション(ほとんどレイプされる)が多いのですが、それに関して絶対に言える事は、彼は必ず、犯す側を動かし難い加害者として描き(面白おかしく描くことなく)、犯される女性の内面を常に描き続けたということ。かといって、ヒロインを見る側から同情されるような悲劇的なものにするわけでもなく、常に女性は再生し、自立し、立ち向かう姿勢で男達に復讐する、そんな女の存在から感動を引出します。その象徴が、石井隆の話にはかなりの率で登場する名美と村木の存在。しかし、この映画では名美はそんなに深い淵までは落されません。待ち合わせの場所にやって来れない竹中演じる村木(些細なことでヤクザ・柄本明に殺される)を待つ名美は、「来ませんネ」「まっ、いいか」などと、結構あっけらかんな感じ。

石井監督はもう名美と村木の物語に終止符を打ちたかったのでしょうか。現代の世の中では、女性が充分自立できる時代ですし、男にも勝るほどの能力を持つ女性も数多くいます。この時、石井監督は既に、女性が男という強権に支配されることのない時代の足音を感じ取っていたのかもしれません。そう考えれば、もう名美と村木の物語を綴る必要性も薄れますし、ロマンポルノそのものも終焉へと向かっていた時期です。この後の石井映画にも、名美と村木は絶えず登場しますが、そこで描かれている名美は「天使のはらわた」シリーズよりむしろ強い存在に見えるし、村木を大らかな母性で包んでいるようにも思えるのです。


 『天使のはらわた 赤い眩暈』                       Akai_memai
  監督:石井隆
  脚本:石井隆
  原作:石井隆
  撮影:佐々木原保志
  音楽:THE FLY
  出演:竹中直人、桂木麻也子、泉じゅん、
      柄本明、小林宏史、山中ゆうほ
  (1988、ニューセンチュリープロデューサーズ、にっかつ)

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日本映画の感想 『天使のはらわた 赤い教室』

ぴあシネマクラブ2005・日本映画編(古い文献で申し訳ありません)の本作の解説には、「にっかつロマンポルノの一つの頂点をなす、激しくも切ない傑作」との記述が為されていたが、率直な感想としては、なにか単なるメロドラマの域を出ないといった印象です。

これはたぶん、名美が自分をここまで貶めた男という生き物への復讐がまったく描かれていないから。多分、石井隆の作品だし、村木の純愛に身を委ねてハッピーエンド的な結末は絶対有り得ないのだが、それなら村木の純愛に気付かずに、村木を最終的には殺してしまうとか、そういう結末でもアリだったのではないかな?とも思います。とにかく、3年ぶりに村木との再会を果たした名美は、村木に「こんな所、居たら駄目だ!」って言われて、呆然と思いつめるだけで「さぁ~これから」って時に、唐突に「完」の文字。ロマンポルノ以降の名美は、堕ちるところまで堕ちても前向きに行動するのだし、女が受動的に男たちに抱かれるだけで終わっていくっていうのは、時代の表れということなのかもしれません。

水原ゆう紀はほんとうに綺麗です、怖いくらいに。村木の妻・水島美奈子があんまり映えない感じなのに対して、雨の中の絶望の表情とか、男に抱かれながらの諦めか、恨みか、いろんなものを物語っているかのような鋭い眼光などハッとさせられるショットが多数。蟹江敬三は、この作品ではいつもほどアクは強くないのですが、世間に対してどこか摺れているというか、冷めた感じが非常に良いです。終始そんな感じだから、名美に対しての純愛ぶりが余計に印象に残ります。作品そのものははっきりいって期待はずれで残念でしたが、曾根監督が高い評価を得ていることは、名美が行きずりの情事に耽ったり、村木が名美と奇跡的再会を果たしたりするシーンの不安定な構図や、今観ても新鮮さを感じる様々なアレンジを加えた効果的な音楽の使い方、しっとりとした情感溢れる映像の数々に伺い知ることができます。


 『天使のはらわた 赤い教室』                       Akai_kyoshitsu_2
  監督:曾根中生
  原作:石井隆
  脚本:石井隆、曾根中生
  撮影:水野尾信正
  音楽:泉つとむ
  出演:水原ゆう紀、蟹江敬三、水島美奈子、
      あきじゅん、草薙良一、河西健司、
      織田俊彦、堀礼文、佐藤恵子
  (1979、にっかつ)

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日本映画の感想 『女地獄 森は濡れた』

公開一週間で官憲の手によって上映中止に追い込まれた本作。
上映直後にパゾリーニが出演俳優から殺害された『ソドムの市』と同様、サドの映画化にはいつも“いわく”が付きまとう。それはやっぱり、性描写そのものの問題以上に、サド作品が道徳観や倫理観といったものをことごとく突き放すからだと思う。

豪華な山荘、高級料理に高級外車・・・贅の極みを尽くす資産家・山谷初男。
性への追求も底なし。山谷の異常性欲に妻・中川梨絵や女中・山科ゆりらも完全に洗脳されている。女を犯している最中の高橋明のカマを掘る山谷という情景は完全に常軌を逸しており、嬲る(なぶる)という表現がぴったりだ。さらに女中に命じて、そんな最中の自らの背に鞭を打たせ、恍惚に浸る様はまさに異常性欲。とにかくこの山荘には倫理やモラルや秩序といったものは存在しない。「そんなものは権力者達が都合の良いように作り上げたルールであり、堅苦しいことこの上ない」とのたまう山谷・・・

官憲の手が入るということは、権力者たちが万人に見せたくないからである。
要するに権力者たちにとってこれは見られると都合が悪い代物である。
上映中止というセンセーショナルが、奇しくも上記の山谷のセリフを立証してしまったことが、何とも皮肉めいていて面白い。神代監督の“どや顔”が目に浮かぶようである。

由緒ある(?)資産家でありながら、何故かべらんめえ調なセリフ回しが可笑しい異常世界のオーガナイザー・山谷初男。犯され、鞭打たれ、全身に返り血を浴びながらも「ウヒャヒャヒャ」と笑い転げるエキセントリック・中川梨絵。人殺しの冤罪をかぶり、やっとの思いで山荘に逃げ込んだつもりが、更なる無間地獄に突き落とされてしまっても、何故か一向に感情が昂ぶらないダウナー・伊佐山ひろ子。いつも通り精神薄弱そうな山科ゆり。中川に銃殺され、山谷に身包み剥がされ女体盛りならぬ死体盛り(局部にバナナの房があてがわれており笑える)にされるという、今回は情けない役どころの高橋明。
以上が主な出演陣。


 『女地獄 森は濡れた』                          Onnajigoku
  監督:神代辰巳
  脚本:神代辰巳
  原作:マルキ・ド・サド『新ジュスティーヌ』
  撮影:前田米造
  音楽:春野新一
  出演:山谷初男、中川梨絵、伊佐山ひろ子、
      山科ゆり、絵沢萌子、高橋明
  (1973、日活)

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日本映画の感想 『赫い髪の女』

もう若くもない男女の運命的出会いとそんな二人が織り成す悲しい行き場のないSEX。
宮下順子演じる女は「言葉や口約束なんかじゃ不安」とでも言いたげに、必要以上の言葉を発さず、交わることでしかコミュニケーションを取らない。ひたすら誰ともわからない(聞こうともしない)男とのSEXに耽る日々。何か拭い去りたい過去があることは汲み取れるけれども、結局それは最後まで明らかにされない。

そんな女の懇願にひたすら応えるのみの蓮司さん。最初は「犬になれ!」「やさしくして...かー!」などとそそるセリフ連発、ノリノリのサディストぶり。しかし、交われば交わるほど艶かしさを増す宮下とは対照的に蓮司さん演じる男はやつれてくる。でも、やっぱり男は女から離れられない。最初は拾ってきた子犬のように“飼い”始めた女だった。それが今では・・・逆に牝の蟷螂が雄を飲み込んでいくよう。

雨に濡れた窓ガラス越しにきらめくネオンの灯り。ジメジメ雨降りが続く。梅雨時期?かどうかはわからないが、とにかく雨の日、土方は仕事にならない。土方が仕事にならないとトラック運転手の蓮司さんも仕事にならない。錆びれた海沿いの田舎町。やることがない。だから女と今日も交わる。蓮司さんと阿藤海が白昼の廃ビルで女をレイプする。目映いばかりの日光で画面がもう白がかっている。ジメジメとした雨のシーンと目映く明るい白昼のシーン。対照的だが、どちらのシーンにも虚無感だけが漂うのは何故だろう?見終わった後、ひたすらに物悲しくてやるせない。

そんな思いは全編を包む憂歌団のブルースで助長される。冒頭、国道脇、どてらを纏って歩く宮下順子。奏でられる憂歌団「どてらい女」。決して“どてら”を掛けた洒落ではないのであしからず。トラックに髪を煽られシャンプーのCMよろしく振り向く赫い髪の宮下順子。タイトルバック。このオープニング、鬼の格好良さである。

『赫い髪の女』のタイトルバック


 『赫い髪の女』                               Red_hair                               
  監督:神代辰巳
  脚本:荒井晴彦
  原作:中上健次『赫髪』
  撮影:前田米造
  音楽:憂歌団
  出演:宮下順子、石橋蓮司、阿藤海、
      亜湖、高橋明、三谷昇、絵沢萌子
  (1979、日活)

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日本映画の感想 『真夜中の妖精』

場末の飲み屋街で売春婦をさせられている子連れの白痴女・カナリア(山科ゆり)と憤りの塊のような青年(風間杜夫)の青春ロマン編。山科ゆりと風間杜夫、個人的に『古都曼陀羅』が鮮烈でしたので、この作品も興味深く観させてもらいました。

ブルジョワ家庭にやるせない怒りをぶつけまくる青年、薄幸で白痴のヒロイン、青春の逃避行・・・ベタに展開されるドロドロ物語は、何だか東海テレビの昼ドラでも見ているような錯覚に陥ります。中島丈博脚本ではないですけど。ただし、東海テレビの昼ドラと異なるのは、これが田中登監督作品だということです。ベタはベタですが、田中登監督の辞書にやっぱりハッピーエンドという文字は存在しません。この映画でも社会的弱者にスポットをあて、救いようのない結末が用意されています。

『暴行切り裂きジャック』でのメンヘラ女が印象的だった山科ゆりですが、この映画においても要措置入院レベルの白痴女という役どころです。本当にこの人はこういう役柄はまりますね。
冒頭からバリバリに苛立つ風間杜夫。押込み強盗をしても、結婚前のお嬢様を凌辱しても、何事もなかったかのように粛々と結婚式の準備を進めていくブルジョワ家庭に、「侮辱された」と何度も嫌がらせを仕掛けるロン毛・風間杜夫の暴発ぶりは、ある意味、異常者です。
こんな迷惑な人たちにさんざ付きまとわれ、凌辱を受けても、余裕ブッこいてたブルジョワ家庭のお嬢様・潤ますみでしたが、結婚式当日、山科ゆりに乱入され、全てを暴露され、幻覚に捕われたあげく、ウエディングドレス姿で自殺します。
主要な登場人物のほとんどが精神に異常をきたしたあげく、悲惨な結末を迎えてしまうという、田中登テイスト全開の救いようの無い物語でした。

ガラクタが無造作に置かれた、スナック裏のもう使われなくなった線路。結婚式場となる雨の洋館、いつもいつも田中登作品に感嘆させられる要素の一つがロケーションです。この映画でも「いったい何処で見つけてきたの?」っていうくらい完璧な構図に目を惹かれます。ロケハンに時間かけてたんだろうなぁ。


 『真夜中の妖精』                               Mayonaka_2
  監督:田中登
  脚本:桃井章
  撮影:畠中照夫
  出演:山科ゆり、風間杜夫、潤ますみ、
      大山節子、益富信孝、織田俊彦
  (1973、日活)

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日本映画の感想 『濡れた荒野を走れ』

とにかく異常なパワーに満ちた映画であります。
ロマンポルノですが、日活ニューアクションの雄・澤田監督と長谷川和彦脚本ですから、必然と反権力性とアクション性の強い内容です。

悪徳刑事・地井武男&高橋明による精神病院から脱走した元同僚・井上博一の追走劇。警察の腐敗の描き方もスゴいですが、主人公達がそこにジレンマや自戒の念を抱くわけでもなく、ひたすらに「井上をどのように始末していくのか」という地井&高橋目線で物語が進んでいくところも非常にパンキッシュであります。

井上は偶然列車に乗り合わせた女子高生・山科ゆりを人質に逃亡を続けます。地井始めとする警察内部では、井上が本当のキチガイなのか、演じているのかで議論が分かれている様ですが、井上は本当に記憶喪失みたいで常に何かにうなされている模様。でも、人質といえども山科に対して悪意はなく、山科もそんな井上に対して、好意を抱きます。そこはポルノ映画ですから、自然の流れで二人は河原でセックスします。どうでもいいことですが、身体が石ころで痛くないんでしょうか?
ラジオ番組のリスナーのやり取りから、地井は井上と山科がアングラ劇団の野外合宿に参加することを知り、現場に井上の妻・川村真樹と向かいます。何だかゆるいアングラ演劇を冷めた目で見つめる地井、高橋が笑えますが、何故かここに暴走族が乱入して火を放ちます。この突発的なトラブルにやけっぱちになった地井は高橋に川村真樹をレイプさせ、いい加減井上の目を覚まそうとします。記憶を取り戻した井上は高橋に銃を乱射、流れ弾が川村の左乳を貫通し、川村絶命。弾が無くなった井上の額に向けて非情に引き金を引く地井。涙にくれる山科は地井に「あなたは可哀相な人」と言ってやります。図星を付かれたような気がしたのか、地井は一瞬狼狽こそしますが、最後には不気味な笑みを浮かべて去っていくのでした・・・。

敬虔な牧師が必死になってかき集めたベトナム復興募金を計画的に強盗する地井武男のワルさ加減がスゴいです。本当に70年代の地井武男の憎々しさは最高ですね。この憎々しさといったら、東映映画でも際立つほどのコクがありましたから、相当なもんです。こんな人が現代では、生命保険のCMで備えの大切さを訴えたり、散歩したりしているわけですから、人間わからないもんです。そんな極悪・地井武男の連れが高橋明。わかります。この人に関しては適役です。何かとズボンを下ろしたがるような役をさせたら、この人の右に出る者はいないでしょう。一見、真面目な顔をした異常者を演じる井上博一。良いですね、この人も。『色情旅行 香港慕情』に続き、ポイント高し。女子高生役の山科ゆり、これもポイント高し。山科ゆりフリーク(現代にいるかどうかわからないが)には辛抱たまらんのではないでしょうか。一方で、乳房から血が大量噴出という悲惨な死に方をする、川村真樹のエロケバい感じが好みな人もいるでしょう。
以上、主な出演陣でした。


 『濡れた荒野を走れ』                            Nureta_2
  監督:澤田幸弘
  脚本:長谷川和彦
  撮影:山崎善弘
  音楽:多摩零
  出演:地井武男、高橋明、井上博一、
      山科ゆり、川村真樹、大山節子
  (1973、日活)

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日本映画の感想 『色情旅行 香港慕情』

貿易会社のサラリーマン・住夫(井上博一)の妻・章子(宮下順子)は不倫関係にあった住夫の同僚・諸橋(清水国雄)と香港へ駆け落ちする。唐突な出来事でわけのわからない住夫。住夫に密かに恋心を抱く章子の妹・匠子(小川節子)が止めるのも聞かず、住夫も香港へと飛ぶ。住夫の妻探しは難航を極めるが、謎の男・矢吹(やかた和彦)の協力もあり、住夫は妻を探し出すまで香港に滞在することにした。矢吹は妻・章子にそっくりの売春婦を住夫にあてがうが、売春婦は麻薬中毒だった。ためらう住夫。しかし、矢吹に羽交い絞めにされ、住夫は無理矢理麻薬を打たれてしまう。その頃、住夫を心配して匠子も香港へとやって来るが、匠子は言葉巧みに近づいてきた矢吹にまんまと騙され、犯されてしまう。ヤク中街道まっしぐらだった住夫であったが、匠子から妻の死を知らされ、我に帰る。遺書によると妻は諸橋と心中したはずであったが、霊安室に諸橋の死体は無かった。翌日、諸橋探しに奔走する住夫であったが、矢吹があっさり諸橋を見つけ、アジトへ連れてくる。「妻の求愛が重すぎて一緒に死ねなかった」と諸橋。さらに「元はといえば、いろんなセックスを仕込んだアンタが悪いんだ」と無茶ブリの逆ギレをかます諸橋。怒りにふるえる住夫は諸橋に銃口を向けるが、銃弾は矢吹を打ち抜いた。殺人者となった住夫は「とことんまで逃げてやる」と決意するのだった。

ロマンポルノ作品初(たぶん)の海外ロケ敢行!オール香港ロケで送る無国籍サスペンスアクションポルノという一編であります。女優陣も宮下順子はじめ、片桐夕子、小川節子と主役級を軒並みならべて、ちょうどロマンポルノが軌道に乗り始めて、勢いで作っちゃった大作って感じだったんでしょうか。

作風は思いっきりシリアスなのですが、何処か間の抜けている感じもして笑えます。一介のサラリーマンから買春、レイプ、麻薬、殺人、逃亡と短期間の内に鬼畜ミラクルな体験をしても、一向に悲愴感が漂わない本作における井上博一のバイタリティは何なんでしょう?香港の雑多な街並みを切り取った映像や倒錯的なイメージシーンなどは石井輝男監督の映画を彷彿とさせるのですが、「妻は私に満足していたはずだ。それなのにどうして妻は・・・」なんてモノローグを朴訥な感じで語られると、吉田輝雄と勘違いしてしまいそうです。そういえば、音楽も月見里太一(鏑木創)先生ですから。

あと、矢吹がどうしたいのか何者なのかイマイチよくわからないんですが、なんか「気の合う相棒が欲しかった」という理由のみで、井上博一に惜しみなく協力するのに、最後は井上に殺されてしまって・・・冴えるヤツなのか、間抜けなのか、良いヤツなのか、悪いヤツなのか、最後までよくわからないキャラですが、印象に残る伊達男ぶりではありました。
宮下順子は、妻役と微妙な中国語を操る売春婦の二役を熱演。
片桐夕子は話の大筋とは特に関係ない日本人観光客の役。この人も微妙な関西弁を操りますが、井上博一にレイプされ、矢吹に銃で撃たれて死にます。出演時間短い。
小川節子は初めて見たのですが、今まで見てきたロマンポルノの女優さんの中で一番キレイだと思います。ロマンポルノ第一号「色暦大奥秘話」をはじめ、主に時代劇ポルノに多く主演した女優さんですが、前年の72年には主演作が9本もあったらしいですから、当時の人気の程がわかります。非常に上品な顔立ち、出で立ちで、現代に佇んでいても全然違和感の無い美人だと思います。


 『色情旅行 香港慕情』                           Hongkong
  監督:小沼勝
  脚本:中島丈博
  撮影:山崎善弘
  音楽:月見里太一(=鏑木創)
  出演:井上博一、宮下順子、小川節子、
      片桐夕子、やかた和彦、清水国雄
  (1973、日活)

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日本映画の感想 『(秘)女郎責め地獄』

日活ロマンポルノは言うまでもなくセックスを売り物にした作品群ですが、2週間に2本の新作を封切らなければならなかったわけで、単純にセックスシーンを垂れ流しておけばそれでよかったわけではありません。一方向的な作品づくりではすぐにマンネリ化してしまいます。というわけで、本作のような時代劇、アクション、サスペンス、恋愛劇、コメディー・・・様々なアプローチが為されたわけですが、多種多様のドラマを作っていく中でもう一つ大事な要素は女性を尊重することだったと思います。男にとってのセックスはとどのつまり欲望のはけ口に終始します(ほんまかいな)。女性にとってのセックスは「身体は抱かれても心までは抱かれない」という言葉に代表されるように、精神面によるところも大きい(たぶん)。セックスの中にドラマツルギーを求めるのであれば、やはり女性の目線に立って女性を尊重した作品づくりに徹することが最重要だったのでしょう。

というわけで、女性の根源的な強さを全面に押し出した田中監督渾身の傑作であります。元は吉原の遊女でしたが、彼女を買った客はことごとく死んでしまうという不幸に見舞われ客が取れなくなり、今や最下層の女郎長屋に身を落としている“死神おせん”こと中川梨絵。ヒモ・高橋明の罠にかかって、乞食に凌辱されても、あくまで前向き。バイタリティの塊。己の境遇を悔いることなく(本当はイヤなんだろうけど)、気風の良い江戸っ子言葉で周囲をまくし立てるその姿は単純に格好良いと思う。

目暗の浄瑠璃師・山科ゆりも物凄い。目が見えないゆえ、見知らぬ男に犯されてしまいますが、山科は一生を添い遂げるつもりだった同じ浄瑠璃師の男への義理立てなのか、女としての意地なのか、見知らぬ男に犯されたことは御法度の心中であったと虚偽の申告をして、自ら晒し者へと身を落とします。この後、非人扱いを受けようがどうでもよい。私の人生は犯された時点で決まったと。犯した男を地獄へと突き落とすのみ。隣でイヤだイヤだと泣きじゃくる男を尻目に山科ゆりは何とも潔い。そんな山科を見て、中川梨絵は「キレイな目をしている」と聴衆の中、一人彼女を絶賛します。強い女同士のシンパシーでしょうか。

とにかくこの映画、この後も怒涛の展開が待ち受けていますが、結局、中川梨絵が男に媚びることは最後までありません。高橋明は死ぬ間際、中川を抱きながら「ざまあみやがれ、極楽往生だ」と言いますが、それは中川によって大らかな母性めいたもので包まれたからこそ口をついた言葉(だと思う)。
なんやかんや言いながら、中川も高橋のことを好きだったみたいですが、中川の方は切り替えが早いです。元は山科と夫婦の契りを交わしていた男からも誘いを受けますが、「うぶだねぇ、あんたとの縁はここまで」と、ここもあっさり受け流し。「男の方がよっぽど女々しい生き物でござんす」と言わんばかりに爽快な笑顔でジ・エンド。

日活ロマンポルノはだいたい、男が女に完敗し、最終的には女が尊重されます。だからこそ女がおそろしく魅力的で格好良い。そして面白い。本作はそんな典型例の映画です。
石畳に描かれたオープニングクレジット、全編を包む妖しい人形浄瑠璃、激しいカッティング奏法が冴え渡る三味線・・・田中監督の芸術性もいかんなく発揮されています(音楽はまたしても月見里太一=鏑木創先生)。


 『(秘)女郎責め地獄』                              Jorou
  監督:田中登
  脚本:田中陽造
  撮影:高村倉太郎
  音楽:月見里太一(=鏑木創)
  出演:中川梨絵、山科ゆり、高橋明、
      絵沢萌子、堂下繁、織田俊彦
  (1973、日活)

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日本映画の感想 『黒薔薇昇天』

ブルーフィルムに携わる人々の人間模様をユーモラスに描いた快作もしくは怪作です。

いにしえのエロコンテンツ・ブルーフィルムというところに時代を感じます。裏ビデオならぬ裏フィルムです。年代的に僕はまったく馴染みがありませんが。
この映画に登場するブルーフィルムの製作工程など見ていると、えらく地道な作業なんだなと妙に感心してしまいます。さらには、アシカの鳴き声や猫がミルクを舐める音、犬がハァハァしているとこなどせっせと録音しているのですが、これらの音の再生速度を変えて、それとなく人間の喘ぎ声に似せて、それをエロテープと称して一本数千円で売るんですよ!本当にこれが商売として成立していたのかどうかわかりませんが、アイデアとして突拍子なく出てきたものとも思えませんし(藤本義一の原作)、やっぱりある程度史実に基づくものなのでしょう。まさに「エロ事師」恐るべしであります。

岸田森にこんな役はどうなんでしょう?個人的には違和感ありまくりでした。
岸田森といえば、日本映画史に燦然と輝く性格俳優ですけど、僕の中には汚れ役のイメージって無いんですよね。変態は変態だけれども、表面上は知性派を装い紳士然としている・・・そんなイメージがあって、この映画の役のように、汚れた格好で何だかバタ臭くて、しかも「○○でおます」「○○でっしゃろ」とかベタベタの大阪弁でまくし立てる感じは、どうにも違和感があるんですよ。この役は逆にキャメラマン役の高橋明あたりがうってつけだと思います。
とはいえ、バックでハメながら、室内の廊下をローラスケートでスイスイ滑るという突如挿入される意味不明なシーンや、「わいはプロの芸術家や」と能書きたれておきながら、谷ナオミにマジ惚れしたあげく、嫉妬に負けて男優を蹴っ飛ばして「アカン、妬いてもうた」なんてラストシーンもバカバカしくて、それはそれで面白かったんですけど。
谷ナオミはもう言わずとしれたロマンポルノの名女優ですが、映画デビューが67年のピンク映画だそうですから、もう堂に入ってますね。貫禄です。淫蕩ながら、それなりに気品を漂わせているのも見事だと思います。

あと触れておかなければならないのは、やっぱりカメラワーク、映像の素晴らしさですね。今村映画などでお馴染み、姫田真佐久カメラマンによる仕事ですが、基本的にワンショットの長回しやロングショットが多いです。「車やバイクが激しく走り交う傍を日傘さして着物姿の谷ナオミが泣きじゃくりながら駆けていく後ろ姿」のシーンとか「動物園で幼稚園児が行き交う光景をバックに岸田森がじゃれ合いながらも芹明香にフィルムへの出演依頼をする」シーン、「裸で傘さしながら海に入っていく芹明香」、「川べりの高床式の貸船屋で岸田森が谷ナオミを口説こうとする」シーン。これらのシーンにおける、何気に丁寧に計算され尽くした構図の美しさには感嘆します。



 『黒薔薇昇天』                                Kurobara
  監督・脚本:神代辰巳
  撮影:姫田真佐久
  原作:藤本義一
  音楽:ダウンタウン・ブギウギ・バンド
  出演:岸田森、谷ナオミ、芹明香、
      谷本一、高橋明、庄司三郎
  (1975、日活)

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