« 2010年6月 | トップページ | 2010年8月 »

2010年7月

2010年7月20日 (火)

日本映画の感想 『となり町戦争』

原田知世、久方ぶりの角川映画ということで、さわりだけ確認しようと夜遅くから見始めたが、見始めたらこれがなかなかに面白くて、結局そのまま最後まで見てしまった。しかし、とっくにオバさんと言われても仕方が無いアラフォー・原田知世のこの可憐さはどうだ?同じく童顔の小泉今日子は歳を重ねるごとに気持ち悪くなるというのに(異論は認める)。

タイトル通り、この映画ではとなり町同士の戦争が描かれるが、戦勝“町”が敗戦“町”を牛耳ることはない。戦況は、町長の支持率に影響を与えるらしいが、戦争をすることによって具体的に何が得られるか?もっと言えば、何の為の戦争なのか?ということは遂に明らかにされない。そして、この戦争はれっきとした公共事業として行われている。
「開戦」と言われても、なかなか実態を見せない戦争に主演の江口同様、観ている側もやきもきしてくるが、つまり、戦争やお役所仕事の不条理さをわかり易い形で表現しているに過ぎないので、この場合、戦争の理由や戦闘内容はどうでもいいことなんだろう。

結局、戦争は何時何処 で行われているかわからないほど地味なゲリラ戦と、江口が巻き込まれる情報Tonarimachi2戦に終始する。だが、日常の風景の中に、表現される“戦時中”は恐ろしくリアル。町の広報誌で掲載される戦死者、何気ない道端に引かれる町境を表す白線、アイデンティティの塊のような原田知世と瑛太演じる姉弟、たかがとなり町へ行くだけなのにまるで今生の別れかのような、原田知世が呟く「サヨナラ」の言葉、そして闘争心育成樹・・・これはもう、アイデアの勝利そのものでしょう。題材に乏しいハリウッドあたりに売りつけてやりたいネタであるが、残念ながら米国にはリアルな戦争がある。この映画の舞坂町と森見町のように、スッパリと断裂された国が日本のお隣にもリアルに存在する。
今のところ、表面上、憲法上、完全に戦争を放棄した日本でこそ為し得た「戦争映画」。或いは、戦争を放棄したところで、平和なのか?幸せなのか?と問われれば、とてもじゃないがそうだとは言い切れない、日本でこそ為し得た「戦争映画」という言い方でもいい。


 『となり町戦争』                               Tonarimachi1
  監督:渡辺謙作
  原作:三崎亜記
  脚本:渡辺謙作
  撮影:柴主高秀
  音楽:Sin
  出演:江口洋介、原田知世、瑛太、
      余貴美子、菅田俊、岩松了、
      小林麻子、柴本幸、飯田孝男
  (2007、『となり町戦争』製作委員会)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月19日 (月)

日本映画の感想 『心』

原作は、夏目漱石「こゝろ」。高校の現代文で学んだ記憶しかないが、確か原作では狂言回しの“私”、若かりし頃の“先生”と恋敗れ自殺する“K”、下宿先の“お嬢さん”という構図であったはず。だが、この映画ではいわゆる先生役がK、恋敵の友人にはSという役名が与えられている。ちなみに、お嬢さんはI子、下宿先の女将さんはM夫人といった具合である。

明治時代のお話が現代に置き換えられているが、粗方、物語は原作をなぞるように進行する。友人からお嬢さんへの恋慕を告白され、主人公が出し抜くようにお嬢さんとの結婚を申し込む。ショックを受けた友人は自殺する。こうしてお嬢さんを手に入れた主人公であったが、罪悪感に苛まれることとなる。避暑へ訪れた蓼科で、Kが木陰に隠れるように寄り添っていたSとI子を目撃し、「お前ら、そこで何してたんだ!?」と心の中で激しく嫉妬するという展開が現代的といえば現代的。

友人を出し抜き死に追いやった先生が以後数十年もの間、そのことに思い悩み、明治という時代の終焉を機に自らの命にもピリオドを打つ、という部分はカットされているので、この映画は原作から愛憎劇のみを抽出したと言えるだろう。別にそれについて良かれ悪かれとは思わないが、こうしてしまうと、俗っぽいちゃあ、俗っぽい仕上がりになる。

人間のエゴや倫理観を問う、という内包されたテーマは変わらないのだろうが、蓼科のSとI子が逢瀬していた場所で、あえてKはI子を押し倒すなんて展開を見ると、「魔性の女に翻弄された二人の憐れな男」風な2時間ドラマ?みたいなことになる。漱石が辿りついた「即天去私」の境地は自分にもよくわからないが、それでも原作に敬意を表した形での崇高さや気高さは、もう少し漂わせて欲しかったような気もする。


 『心』
  監督:新藤兼人
  原作:夏目漱石
  脚本:新藤兼人
  撮影:黒田清巳
  音楽:林光
  出演:松橋登、辻萬長、杏梨、
      乙羽信子、殿山泰司
  (1973、近代映画協会・ATG)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月17日 (土)

日本映画の感想 『極道の妻たち 情炎』

韓流テイスト、離婚騒動の保阪、前年SM大作『花と蛇』でブレイクした杉本彩、未向。キワモノ満載で東映やくざ映画の復権を狙った極妻シリーズ最新作。
最新といってももう5年も前の映画だが、これ以降、極妻シリーズは製作されていない。

やっぱり橋本一監督、良いっすね。新シリーズでは数本メガホンを取った関本監督の極妻と比べて徹底的に異なるのは、描写の迫力とリアルさ。リアリティを追求した演出が、荒唐無稽な味を消しているという批判も何処かで目にしたが、自分はそうは思わない。荒唐無稽なお話でも一定レベルのリアリズムの追求は必要だ。もし、リアリティがまったく無いのなら単なるマンガとそうは変わらない。有り得ないとは思うのだけれど、現実に自分の知らない世界で起こっていそうなムードの構築こそが、観る人を物語に引き付けていく要因となる。たとえ血がドバドバ飛び出そうが、それが正義のために行われる成敗なら、または描写そのものに抜群のキレがあるのなら、嫌悪感など抱くべくもなく面白さの方が先立つのである。

キャストに目を向ければ、実年齢でも40を超えた高島姐さんがかなり貫禄を増してきた。山田純大は相変わらず良いし、杉本彩は最近バラエティ色も濃いが、画になる格好良さをこの人は持っていると思う。保阪尚輝は大組織の幹部役としてはちょっと貫目不足か。「花と蛇」で注目した未向(みさき)は…とにかく関西弁が酷かった。それに汚い、ズルい部分を全面に押し出そうとし過ぎて、美しさに欠けていた。これでは情念のぶつかりあい、というよりかはただのエゴ丸出しの嫌な女にしか見えないのが残念だった。それにしても、活き活きした成瀬さんや山西道広を見れるのは東映ならでは、といった感じで嬉しい。ソフト化にシフトした映画なので製作規模は小さい分、大物役に中原丈雄さんといった意外なキャスティングも魅力的。今にも本当に死にそうな組長役は大木実かよ。


 『極道の妻たち 情炎』                           Gokutsuma_jyoen
  監督:橋本一
  脚本:高田宏治
  撮影:仙元誠三、栢野直樹
  出演:高島礼子、杉本彩、前田愛、
      保阪尚輝、未向、成瀬正孝、
      菅田俊、中原丈雄、山田純大、
      山西道広、六平直政、寺島進、
      大木実、松重豊、深浦加奈子
  (2005、東映ビデオ)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本映画の感想 『極道の妻たち 決着』

リゾート開発に乗り出していた竹内力は、信金からの融資ストップを受け窮地に立たされていたが、信金幹部らが50億を横領しているというネタを掴んでいた。そこへ、50億に目が眩んだ兄貴分・中条きよしらが横槍を入れてくる。「50億もろとも奪おうぜ」と中条にけしかけられる竹内であったが、竹内の狙いはあくまで融資の再開のみ。信金のトップと個人的に親交あり気な名古屋章親分からは、これ以上この件に茶々入れないよう注意されるが、「堅気になって、親分とは袂を分かつ」とまで言い放つ竹内。一方、50億に目が眩み過ぎてもう名古屋親分も、可愛い兄弟分の竹内もどうでもよくなった中条は、謀って竹内を殺害。竹内を殺したのは名古屋親分だということにして、親分を警察送りに。親分と竹内の蜜月を知る志麻姐さんは、「これには何かウラがある」とさっそく調査を開始。中条の兄弟分で、いかにも小物といった感じの大杉漣の嫁・かたせ梨乃もダンナの不穏な動きを感じ、志麻姐さんと行動を共にする。竹内の嫁・とよた真帆や流れ者の博打打ち・キンキン、そして凄腕のヒットマン・トミーズ雅らを巻き込みつつ、事の真相が徐々に暴かれていくのだった。

極妻シリーズ最終戦。いや、この後、高島礼子による新シリーズが発進するが、とりあえず岩下志麻姐さんによる極妻シリーズはこれで最後。ちなみに中島貞夫監督の今のところ、最後にメガホンを取った作品でもある。

とりあえず、小じんまりまとめたなぁという感じ。それ以上でもそれ以下でも無いような。ちなみに、エロもバイオレンスもほとんどなくソフトなので、お茶の間家族みんなで楽しめるヤクザ映画ですよ(爆)

まぁ、役者の人選さえ間違わなければ、こういうステレオタイプなお話でも充分見応えはある。貫禄充分な志麻姐さんとかたせ梨乃はもちろん文句無しだし、中条きよしも無難なところ。大杉漣はちょうど売れ出してきた頃か?悪にも善にも成り切れない、でも金は欲しい、了見も恐ろしく狭い、単細胞だがちょっと優しい・・・そんな小物感たっぷりの中堅ヤクザを熱演。情けな格好良さではやっぱり蓮司さんか漣ですな。工藤静香や雛形あきこ等、数々のミスキャストを重ねてきた同シリーズだが、とよた真帆はこういう役でも嫌味なく爽快。安心してみていられる。竹内が死んだばかりだというのに、そんなとよた真帆をさっそく惚れこませてしまうのが、流れ者のキンキン。見た目は往年のルンペン大将みたいだが、騒がず、動じず、でしゃばらずの男っぷりで大杉とは貫禄の違いを見せつける。

極妻も回を重ねるにつれ、志麻姐さんのエフェクトがかったライトアップが凄いことになっている。なんか志麻姐さんの周りだけ後光が差しているみたいだぞ。志麻姐さんの傍らにいつも居る側近、野口貴史の着る白いワイシャツもライトアップのせいか、目映すぎてちょっと目が痛い。


 『極道の妻たち 決着』                         Gokutsuma_kejime
  監督:中島貞夫
  脚本:高田宏治
  撮影:仙元誠三
  音楽:栗山和樹
  出演:岩下志麻、かたせ梨乃、とよた真帆、
      金山一彦、藤田朋子、中条きよし、
      大杉漣、細川ふみえ、竹内力、中尾彬、
      愛川欽也、名古屋章、トミーズ雅
  (1998、東映京都)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月15日 (木)

日本映画の感想 『極道の妻たち 三代目姐』

これはつまらんかった。子供の頃、ゴールデン洋画劇場なんかで何度となく放送されていたので、ちょいちょい目にしたことのある映画なのだが、きっちり観るのはこれが初めて。子供心に、ダイナマイトボディのかたせ梨乃を抱きかけて「やっぱりやめとくわ」とそっぽ向くショーケンが限りなく格好よく見えたもんだが、10数年たった鑑賞でも見せ場はやっぱりショーケンの格好良さくらいで、他に見るべきところは何もありません。

何がつまらないかって、三田佳子の姐さんが影でこちょこちょ小細工するだけで特に何もしないのがはっきりいって不満。亡き夫の跡目を、出所したばっかりのお気に入りのショーケンに継がせようと本人にその気が無いにもかかわらず焚きつけて、そのくせ自分は態度を明確にせずに亡き夫の遺言状の存在をちらつかせ、跡目争いを余計に悪化させているような気がしてならない。おかげでショーケンは死んでしまったし、あげくの果てには遺言状無視して自分が三代目におさまってしまう・・・結局、始末が一番悪いのは三田という困った結果に。

歴代の姐さんの中では一番女らしい感じはするが、それはこのシリーズの魅力とはいえないのである。やっぱり女だてらに啖呵を切ったり、殴りこみするからこのシリーズは面白いんである。アクションシーンにファックシーンにいつもは豪快なかたせ梨乃姉さんも、気が強いながらも結局は男に依存せざるを得ないという中途半端な役どころに終始する。


 『極道の妻たち 三代目姐』                       Gokutsuma_3dai
  監督:降旗康男
  脚本:高田宏治
  撮影:木村大作
  音楽:三枝成章
  出演:三田佳子、かたせ梨乃、萩原健一、
      成田三樹夫、丹波哲郎、坂上忍、
      吉川十和子、財前直見、西川峰子、
      春やすこ、新藤恵美、小松政夫、
      綿引勝彦、林彰太郎、内田朝雄
  (1989、東映京都)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2010年7月12日 (月)

日本映画の感想 『アウトレイジ』

いやぁ、今年のカンヌはさすがに度肝を抜いただろう。
石橋蓮司の引き出しの多さに(爆)
世界の映画市場で、日本が誇る変態俳優・蓮司さんの勇姿がスクリーンいっぱいに映し出されたわけである。感涙ものですよ。
あと、椎名桔平が格好良かったなぁ。久々に、石井隆や三池崇史の映画に出てた頃のキレキレの桔平が戻ってきた気がするぜ。やっぱ、桔平はこうじゃなきゃいけないんだよ。洋菓子職人や化粧師の桔平なんぞ面白くもなんともねえよ。え、映画?映画はどうだったかって?そんなもん、感想も何もねぇよ、馬鹿野郎!何だ、この野郎?(アウトレイジ風)

そうなんである。Outrage2_2 とにかく、これといった感想が沸かない。逆に、本作を観た方々がこの映画を観て何を思ったか?が聞いてみたいくらい。見た目は確かに派手な映画である。しかし、徹底して無機質、無感動な映画でもある。とにかく、心情を吐露するようなセリフが一切排除されていて、登場人物たちには、状況説明か「この野郎、馬鹿野郎!」といった罵倒のセリフしか与えられていない。激しいバイオレンスの中にも、これまでの北野映画には確かにあった、叙情や詩情など皆無。あとは、ひたすら殺しの大見本市。

面子やしがらみやパワーバランスが邪魔をして自分の言いたいことが言えない、やりたいことが出来ない、そういうもどかしさを社会に身を置く者は皆、背負いながら日々生きている。だからこそ、命がけで何かを守る、または命がけで一筋のポリシーを貫く、生きた証をこの世に残す為に死に花を咲かせる。これが従来までのヤクザ映画のカタルシスである。ヤクザ映画の美学は「死地を追い求める」ことにある。

一方、「アウトレイジ」の登場人物たちは格好が悪い、無様だ。 それはとにかく、ひたすら生きる為に貪欲だからだ。強者が己の強欲を満たすため、または自らの立場をより一層磐石なものにする為、この無様で凄惨な抗争を仕向け、弱者を犠牲にする。弱者たちは、自分が生き残るためなら、人を騙し、出し抜き、虫けらのように殺しあう。全てをオーガナイズしていた筈の強者もまた、一瞬の隙を突かれてあっけなく死ぬ。そしてまた次の強者が誕生する。この弱肉強食の無限ループ、所詮は四つ足動物のロジックなどと思うなかれ。実は現代の人間社会も、この弱肉強食の大殺戮戦を面子やしがらみといった薄皮一枚で回避しているに過ぎない。自分は、たけしがこの映画に込めたメッセージをこう読みとった。観終わって、遂に到達した北野武の死生観の極致でもって、この映画の雑魚キャラのごとく、ガツンと頭を殴られた気分になった。


 『アウトレイジ』                               Outrage
  監督:北野武
  脚本:北野武
  撮影:柳島克己
  音楽:鈴木慶一
  出演:ビートたけし、椎名桔平、加瀬亮、
      北村総一朗、三浦友和、國村隼、
      石橋蓮司、中野英雄、塚本高史、
      杉本哲太、小日向文世、板谷由夏、
      森永健司、坂田聡、渡辺奈緒子
  (2010、バンダイビジュアル、テレビ東京、
        オムニバス・ジャパン、オフィス北野)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月11日 (日)

日本映画の感想 『彼女が水着に着がえたら』

この映画を初めて見たのは中学1年生くらい。これとホイチョイプロの前作『私をスキーに連れてって』には、恥ずかしながら思いっきり影響された。てっきり、大人になればこういう世界が待っていると思い、早く大人になりたかった。
高級クルーザーにスキューバダイビング、ジェットスキー、ヨット・・・しがないサラリーマン、OLの週末の愉しみにしては、あまりにも現実離れ甚だしい感じである。しかし、大卒初任給が50万円近くの業界も存在したバブル絶頂期、それほど大げさではなかったのかも。少し無理をして背を伸ばせば、手が届くくらいのリアリティはあったのかもしれない。

とりあえずはお気楽な映画なので、世知辛い今となっては、織田裕二か原田知世フリーク以外に需要は無いだろう。稀に、暑苦しい佐藤允や爽やかな竹内力を見たいという風変わりな奴もおるかもしれんが。かくいう私は、元・原田知世フリークである。ちなみに、お気に入りの芸能人が結婚した時点でフリークからは脱退する主義なので、「元・原田知世フリーク」である。そういう意味では「元・松たか子フリーク」でもあり、「元・永作博美フリーク」でもある。最近はもっぱら竹内結子に執心中。竹内の場合、獅童とは既に離婚しているのでフリークOKだ。
ソバージュヘアーに、真っピンクのルージュをしている原田知世は、今見るとかなりヘンテコだが、それでもこの時期の原田知世の可愛らしさは尋常ではない。ついでにガングロな織田裕二もポイントが高い。

それと、この映画に影響されたもう1つの要因はサザンである。これきっかけで、サザンフリークともなった。一応、挿入歌としてクレジットされているのは、「ミス・ブランニューデイ」「思い過ごしも恋のうち」「みんなのうた」「C調言葉にご用心」。それと、桑田ソロの「いつか何処かで」の計5曲だが、久々に見てみると、劇伴のほとんどが「マチルダBABY」や「JAPANEGGAE」や「開きっぱなしのマッシュルーム」「海」などなど、既にある楽曲のインスト。実はサザン、ほとんど仕事をしていないことがよくわかる(笑)
田中美佐子の留守電BGMが「女呼んでブギ」には参った。織田「お前、サイテーな趣味してんな」田中「名曲よ!」。まぁ、サザンフリークにもそれなりに楽しめる映画かもしれない。


 『彼女が水着に着がえたら』                       Urban_marine
  監督:馬場康夫
  脚本:一色伸幸
  撮影:長谷川元吉
  音楽:サザンオールスターズ
  出演:原田知世、織田裕二、谷啓、
      伊武雅刀、伊藤かずえ、竹内力、
      田中美佐子、佐藤允、今井雅之
  (1989、フジテレビ・小学館)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月 8日 (木)

またTBSがやった

またTBSがやった。こともあろうか、PK失敗した駒野の母親に単独インタビューを敢行し、「すいませんでした」と謝罪させたそうだ。当の選手本人が、試合直後のプレスルームでインタビューにも応じられなかった状況で、なんで母親にインタビューするかね?そりゃ、母親としては「すいません」と言うしかないだろ。

そもそもPK戦なんていうのは、誰かが失敗すれば決着するように作られているロシアン・ルーレットのようなもんだ。バッジョやジーコ、プラティニでも大舞台でPKを外した経験がある。極限の緊張状態の中では、個々の技術力など何の意味も持たない。運を天に委ねる以前の90分プラス与えられた30分の猶予でゴールを割れなかったチーム全体に責任がある。まぁ、そんなことはサッカーをよく知る人間なら誰でもわかることだが、ここで問題なのは、ワールドカップ報道では、サッカーをよく知らない人間が多数視聴しているということである。駒野がPKを外した映像が流されて、その後、母親が「ごめんなさい」する映像が映し出される。どうだ?サッカーをよく知らない人間からすれば、戦犯=駒野という図式に容易にたどり着いてしまうだろ?無神経に、無配慮に、こういう報道の仕方をするTBSはまったく品性に欠けていると言わざるを得ない。

そんなTBSであるが、極楽・加藤だけはひとり気を吐いていて面白かった。
とにかく、TBSの桝井なんちゃらという女子アナが、サッカーをまったく知らない様で痛々しかった。そんな可愛い顔した女子アナにも加藤は「○○じゃないですよ!」とか「今のは完全に○○ですよ」などと鋭いツッコミを入れていた。苛立ちがテレビ画面から滲み出ていて怖くもあった(笑)。

朝番組のスッキリでも、八代英輝の「ワールドカップ見終わった後に、Jリーグ見るといっつもがっかりするんですよ」という暴言に加藤は過敏に反応。「そんなことないですよ。八代さん、Jリーグそんなに見てないでしょ?Jリーグでも面白い試合はいっぱいあるんですよ」と間髪いれずに反論していて、清々しかった。
しかし、軽々しくこういう発言をする八代もデリカシーがない。せっかく長谷部が言ったじゃないか。自身はブンデスリーガで活躍するにもかかわらず、「Jリーグを宜しくお願いします」と。その直後によくこういう場を白けさせる発言が吐けるなと思う。元・裁判官?売れっ子弁護士?たいそうな肩書きをお持ちで結構。人間としては糞以下・・・は、言い過ぎかもしれないが、少なくともサッカーに対しては何の愛情も持たない人間だということが判明した。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2010年6月 | トップページ | 2010年8月 »