日本映画の感想 『ヴィタール』
塚本監督が、8年の歳月をかけて膨大な量の医学書を読みあさり、そして医大の解剖実習等知られざる医療の現場の見学を経て作り上げた、渾身の作品。
主人公・高木博史(浅野)は、交通事故が原因で記憶喪失に。彼の父(串田)は、医師であり、なんとか博史に後を継がせようと医学書を買い与えていたが、どうやら記憶を喪失する以前、彼に医師になる気は無かったようだ。しかし、記憶を喪失したまま自分の家へと戻ってきた彼は、押入れにしまってあった大量の医学書を見つけてからというもの、医学の勉強に没頭する。そして何年かの時が経ち、医大へ入学。入学後も好成績を収め続ける博史。そんな折、柏淵教授(岸部)による、実際の人体を使用した解剖実習が始まった。初めて目の前にする実際の人体を前に、緊張する者、気持ち悪くて吐きそうになる者…しかし、博史だけは初めて人体を捌くとは思えないほどに、手際よく作業を進めていくのだった。そして、解剖実習が本格化するにつれ、博史の中で何かが動き始める。博史は最愛の人との記憶を思い出したのだ。最愛の彼女は博史が記憶を失った事故により、死亡。彼女との記憶が段々明らかにされてゆく中で、実は今解剖している人体がその彼女のものであることが判明。博史は、彼女の体を解剖することによって、記憶、肉体、時空をも超えた場所で、彼女とのコミュニケーションにのめり込んでゆく…。
人体解剖がテーマ、描写もリアル。でもホラー映画ではないし、医療の現場を問うような類でもない。これは一種のラブ・ファンタジーである。
彼女は死ぬ間際に自分自身で献体(自分の体を解剖用に差し出すこと)を希望し、博史はというと記憶喪失前は医師になる気など無かったのに、喪失後は人が変わったかのように(記憶は無いのだけれど)医学の勉強に打ち込み、医大へ入学。解剖実習の場で彼女との再会を果たす、という展開は決して偶然ではなく、彼女自身の意思により達成されたもの、いわゆる必然として描かれている点に、リアリティは皆無である。だから、ラブ・ファンタジーであると思う。
作品全体に漂う、生や死に対する人間の根幹の部分を揺さぶり続ける重厚感は塚本監督らしくさすがだと思うのだし、人体解剖という切り口からは到底想像がつかない、ラブ・ファンタジー次元にまで昇華させてしまうそのストーリー展開力。類まれなる創造性、常人では思いもよらない感性、この塚本晋也という人の“非凡”を十二分に感じとれる作品である。
『ヴィタール』
監督:塚本晋也
脚本:塚本晋也
撮影:塚本晋也、志田貴之
音楽:石川忠
出演:浅野忠信、柄本奈美、KIKI
串田和美、りりィ、岸部一徳、
木野花、綾田俊樹、國村隼
(2004、海獣シアター)
| 固定リンク
「人間ドラマ」カテゴリの記事
- 日本映画の感想 『中国の鳥人』(2009.05.11)
- 日本映画の感想 『血と骨』(2009.04.16)
- 日本映画の感想 『歩く、人』(2009.01.29)
- 日本映画の感想 『おくりびと』(2008.12.13)
- 日本映画の感想 『ヴィタール』(2008.12.04)
![: 昭和八十三年度! ひとり紅白歌合戦 [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51S1RLiua2L._SL75_.jpg)





コメント